書き換え True End

 現世に里紗を置いてきた。十羽の自室で彼女は眠っている。今、あの世に向かっているのは、十羽の体とハーロットの分解された魂二つのみだった。

「私は現世に、十羽の器本来の魂を用意して、蘇らせたいの。けれど本来の魂の存在する場所が分からない。冥界に存在してるってことは現時点で分かっているのだけれど」

 そのためには『体本来の魂』、つまり塚本十羽の体をレーダーにするしかないということらしい。

「そうね。私達は十羽の魂をレーダーにして探すことが可能よ」

「問題はその後かもな」冥界にはルールがある。いくら悪魔に権限が設けられてようと、法律ルールを破ることは犯罪だ。

 けれど思った通り、主人格のハーロットが言葉を飲み込んで、率直に言った。

「簡単に言うと掟を破りたい」

「あの世と現世のルールの一つにある。死んだ人間の魂は転生しない。永久と言われる冥界で、一生を過ごし、暮らし続ける」

「まあ、そのルールはダルいから、私は独断で浮遊している魂と契約して、現世へと持ち出した。誰にもバレなきゃ、冥界アングラのルールなんか無視しても問題ないし」

 里紗のことだ。

「...けど、僕達が現世で好き勝手やってる事は、とっくにバレてるだろうな」

(そうね。だから今の冥界に私の居場所はないのよ...)

「どっちみち、冥界に行く事はこれが最後になりそうだ」

 主人格であるハーロットの焦燥の感情が流れ込んで来る。別にそのいかにもバツの悪そうな顔で大体は察せるのだが。

 やっぱり、記憶を一度共有すれば、簡単に以心伝心ができるみたいだ。

「...貴方のこと、助手クンって呼んでいい?」

「え?」

 助手なのだろうか。同じ魂であるのに。

 けれどもハーロットには何かの拘りがあるように感じる。聞いてみようか考えたが、その拘りを聞く前にいつの間にか、冥界への扉へと到着していた。

「あ、着いちゃった」

「冥界四番地。この場所、大嫌いなんだけど」

 記憶を辿ればそうなる。

「ああ。でもここに彼が居る」

 何かが導いてくれるようにはっきりと分かる。

「ええ。行こうか」




 冥界とは思えないくらい暖かい場所。白昼夢の中。光を帯びたカーテンが揺れる中、魂は眠っている。ハーロットには部屋全体が眩しく感じるみたいで、目元を覆うように手を当てている。

「綺麗な場所」

「ええ。私の嫌いな場所」

「けれど。それももう分からないわ」

 赤いドレスを着た。華びやかな彼女は確かに僕の半身である筈なのに、僕をつくった筈なのに、普通の女の子みたいだった。

「助けよう」あの二人はまだ眠っている。

 踏み出そうとした時、ハーロットが僕の腕を引き留めた。「どうしたの?」と僕は呟くように聞いた。

「ねえ。あの二人が目覚めた後、私達はどうするのかしら?」

 息を飲むほど不安になる。彼女は儚げだ。

「私はもう一人ぼっちは嫌なの」

「寂しいと思うことは、もう二度と嫌なの」

 ハーロットはそのままゆっくりと泣き崩れた。一人ぼっちは嫌だ。 それは。  

 ...僕の依代が消えれば、僕はハーロットの中に融けて消えてしまうからだ。ハーロットはまた一人になるからだ。僕はあのお菓子のケーキが一人を紛らわすための、甘い夢であることを知っている。君が本当は泣き虫で一人が大嫌いなことを知っている。

「ハーロット。それは違うよ」

「寂しくなんてない。

 僕達は初めて一度だけ、誰かのためになりたいって思えた。綺麗事かも知れないけど、誰かを助けたかったんだ」

「寂しくも恥ずかしくもない」

 だから、後で考えよう。僕達のことは。

 ゆっくりと主人格のハーロットが立ち上がる。僕はハーロットに手を差し出す。

「莫迦なこと言ってゴメン」

「話は後だ!」

「そうね。私達は彼を現世に送る。そう決めたんだから!」


「行くよ!助手君!」


×××


 風で白いカーテンが揺れる。カーテンが柔らかな光を運んでくる。俺はひどく長い夢を見続けていたような気分だ。

 里紗に似てる人が僕の肩に顔を傾けて隣で眠っていた。というか里紗の匂いがする。

「え?え!?えーーーーーー!?」

 なんで?どうして?俺は訳も分からず仕舞いだ。

「うるさいなあ」慌てふためいてたら、その原因の子が起きた。その人は揺ら揺らと、おもむろに立ち上がる。

「十羽?...なんで私、十羽の部屋に居るんだろ」

 俺は驚いて立ち上がろうとして、少しグラリと体勢を崩す、そのまま尻餅を着いた。あまりにも、体が重すぎる。全身に沢山の鉛玉を抱えたみたいだった。

「十羽ってそんなヤツだったけ?」

 ...笑われた。好きな子に良く似てる人に笑われた。

「本当に里紗じゃないよな?」

「え?君」

「...本当に十羽?」

  ...本当?

「俺以外に、『塚本十羽』って名前の子は学校にも、どこにも居ないだろ」

 十羽に本当も、嘘もあるか。誰一人として世界に同じ人間は居ないんだから。

 そして声音の雰囲気で分かった、こいつは霧島里紗だ。

 大人っぽくなってるけど、間違いない。ただ...

「一体、何が起こってるんだ?」


×××



「なんか大体、分かったような、分からないようなカンジなんだけど」...嫌、やっぱり、まだ分からないままだ。なぜ突然、君は元に戻ったんだ。

 そして、なぜか心残りがあるように、胸の中が、ひどく寂しい。それがあの無垢な少女が居ない性だとちょっと寂しくなった。

「ハーロットのおかげ、なのかな?」

「...二人とも起きたんだ」

「え...!?」

 原因の少女が居た。その少女はハーロットだ。

 冥界で会った時みたいに赤いドレスを着ていた。

 驚いたけど、あまりにも急だから声が出なかった。

「げっ。ハーロット...」

 そしてハーロットともう一人、見慣れない子が居る。

「その子は?」

「私の連れ。この子、一人が大っ嫌いなの」

 一体全体コレはどういうことだ。本当に私の脳の思考が目まぐるしく変わる状況に追いつかない。

「というか、『げっ』て何よ。現世こっちで対面するのは初めてじゃない。...せっかく上のヤツが私と瓜二つな人形ヨリシロを用意したのに」

 ...本当にハーロットか?見た目はハーロットなのに、雰囲気も話し方もが普通の女の子にしか見えない。


「まあいいわ。この状況について、混乱してるだろうから説明しましょうか」ハーロットは髪をさらりと掻き上げる。

「宜しくお願いします」素直にそう言ったのに、何故か『うっさい』とハーロットに小突かれた。

「簡単に言うと十羽君の魂を現世に還したの。所謂『転生』ね」

 ...転生、か。...ゼッタイに日常じゃに使わない言葉だ。

 そう思ってたら、あろうことか、それを牽いてハーロットは非日常用語のオンパレードを繰り返した。まあ色々と起きていた後なので、もう驚きもしないが。

 

 事象を書き換え。ハーロットより上位に就く神のような存在の人が、十羽がトラックに轢かれたというものや、私がハーロットに体を乗っ取られて、深夜の新宿を徘徊したことも全て無かったことに書き換えられていたらしい。

「恐ろしすぎる」私はそう思ったし、口に出していた。

「今を努力する私達の賜物ね。過去にも未来にも囚われないの。私達」

 ?ハーロットは意味ありげに笑った。

「まあいいわ。...そうやって、最終的に君達は五体と魂全てが普段通りに動いてるって訳」

 ハーロットは説明を終えて、「ふう」と一呼吸置いた。

「本当にゴメン」ハーロットは深く頭を下げた。

「私、とてもひどいことをした。最初は里紗の話を聞かないで、勝手に嫌われてるって思い込んで、だから本当に嫌いになって、壊れてく人間を見たいからって貴方みたいな善人を傷付けた」

「...謝らなくていいよ」

「その、ハーロットが私達のために行動してくれて、嬉しかったから」私はハーロットの頭を撫でた。

「ふえ!?...エヘヘ」

 照れ隠し一つ込められた笑みが今までの彼女の中で一番愛らしく、綺麗だった。そう私は思った。

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