心と体
夜に眠っていると、途中で起きることがある。理由は泣き出しそうなくらいに虚しい夢を見ているからだ。
それは幸福な夢である筈が、僕という人間が見るには酷く虚しい。
「きっと違う人だからだ」
決まって僕は『誰か』の記憶を夢越しに見ている。
「あの子」ふと呟く。夢を見ていると必ず決まって出てくる女の子がいる。その子は現実世界にも居て、必ずと言っていいほど、僕を見掛けたら話しかけてくれる。なのに、いつも悲しそうな表情で僕を見つめる。
夜の部屋がひどく冷たい。誰も居ないからひどく心寂しい。
「なんで死んでないんだろう」だからこんなふうに呟いても、静寂の中に反響が孤立するだけだった。
三年前、僕は轢かれた。生と死の狭間の中、死ねないまま、意識を失ってどこにも行けないまま、入院してたらしい。
けれども僕はその三年後、一瞬で息を吹き返した。
医者は奇跡的回復だと大袈裟に言う。...けれども僕には全くその凄さが実感できない。
それは昔の記憶がなくて、今の僕の記憶が空っぽであることが分かるからだ。
喪失した記憶。これからどう生きればいいのか。あの子になんて顔したらいいのか、どんな風に接したらいいのか、ずっと分からず仕舞いだ。
「ねえ」いつものあの子が居た。本当にいつもと変わらないように見えるのに、少し別の懐かしさを感じた。
「君はこれから、どうしたい?」
けれどもやはり、あの子は頑なに、真剣な目で僕を見ることは変わらなかった。
×××
「体を貸してほしいの」
痺れを切らし、私は言った。
「体?」と聞き返されれば「そうよ」と答えた。
「断ってもいいけど」ソレは絶対、意味がない。私は半ば強制的に体を持っていく事ができるから。
彼は言葉を
『思い立ったら吉日』座右の銘というやつだ。だから私はその《半ば強硬手段》に出ることにした。
「貴方のこと、理解してきた」
「貴方の魂の大まかな構成は、私の魂からできている。私達は元々一つだったものが二つに別れた。半身みたいなものなの」
だから、こうやって手で触れれば、
私が貴方を生み出した時みたいに触れれば、分かってはくれないだろうか。
「私の気持ち。分かった?」
×××
「あ」
あの子はいつもはしないだろう、髪を掻き上げる仕草をした。それは僕の主人格が中身に混じってるから、ということらしい。
僕の記憶が形成されていく、共有に晒される感覚が、伝わり始める。
「...分かった。大体のことは把握したよ」
「じゃあ、どう?成功しても貴方にとっては何も変わらない、貴方にとって直接は影響ない、無意味な話」
なぜだろう。君は嘘を言っているように思える。
その行為は意味がありまくりだから。
「それは違うよ」
「自分のしたことなんだから、自分で片付けることは当然だ」
僕もずっと寄り添ってくれる。彼女の涙は見たくない。ならば本当に契約を果たしたい。
「嫌ね。私の魂に、変な人間の情や理屈が移った」
「なんだそれ。笑える」
けれど、ハーロットの言いたいことは分かる。きっと僕らはそもそもが温厚な人間じゃない。
...十羽という人格と混ざったことで少しばかり、どこか曖昧で暖かい感情の一面を知ったのだ。
「それと、ハーロットも十分変わったと思うよ」
「前の僕らより、絶対に優しい」
「へえー」興味なさそうにハーロットが目を逸らした。
「僕らは今眠りに付いてる子達の笑顔が取り戻したいのかも知れない」
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