異世界で目覚めたら鬼になっていたんだけど?

にゃべ♪

何でこんな事になってしまったんだ

 朝、俺は学校に行くために玄関を出る。そして、目の前が真っ暗になった。気が付くと、目に映ったのは知らない天井だ。知らないどこかの部屋で、匂い慣れないベッドの上に寝かされている。

 事故にでも遭ったのだろうか? でも体に痛みはない。体は無事のようなので、取り敢えず上半身を起こした。


「良かった。目覚めたんやな」

「え?」


 どうやら俺は誰かに看病されていたようだ。話しかけてきた声の主を確認するために、俺はゆっくりと顔を動かした。そこにいたのは――長身で金髪で耳の先がやたらと尖った糸目の美青年。


「エルフー?!」

「せやで。僕はゲン、よろしくな」

「あ、俺は裕太です。もしかして……これって異世界転移的なアレですか?」

「せやね」


 エルフの青年、ゲンは飄々とした態度で俺の言葉を全肯定する。ただ、いくら状況が分かったところで何故そうなったかが分からず、頭の中は無数のはてなマークが踊りまくっていた。

 俺が頭を押さえていると、彼は心配そうな表情を浮かべて覗き込んでくる。


「何か覚えとる?」

「確か、学校に行こうとしていたはず……」

「で、そこで美少女に出会った?」


 ゲンは俺の言葉を先読みする。確かに、言われてみればそんな気もしてきた。でも、どうして彼がその事を知っているのだろう。俺は思わずその答えを求めた。


「何でそれを?」

「あれ、ウチの妹のミカなんや」

「え?」

「妹がそっちの世界に行きたなって、僕に縋ってきたんよ」


 その話が真実なら、俺がこの世界に来てしまったのはミカと言う彼の妹が原因と言う事になるのだろうか? 顎に手を当てて何とか当時の事を思いだそうとしていると、ゲンが話を続ける。


「異世界に行くんはええけど、誰とも接触したらあかん言うたのに……」

「じゃあ、俺はその子にぶつかって?」

「それやったら話は簡単やったんやけどなあ」

「え?」


 どうやらそんな単純な話ではないようだ。混乱した俺は、ただ聞き役に徹するしかなくなっていた。


「まず、君は妹を目にした」

「はい」

「その直後、妹は君に向かって暗黒魔法を反射的に撃ってしもたんや」

「はい?」


 よくあるラブコメのお約束なら、曲がり角でぶつかって――みたいな事になるのだろう。運が良ければ、そこでラッキースケベ的なイベントだって発生したのかも知れない。それが……暗黒魔法? まさか、その魔法が俺に直撃……?

 イマイチ状況が飲み込めない中、ゲンの糸目が若干開いた気がした。


「残酷な現実やけど、君は一旦死んだんよ」

「えぇ……」

「何とかこの世界に引き寄せたけど、もう元の世界に戻るんは」

「無理ですか?」


 彼は腕を組んで考え込み始めた。俺、まさか死んでいたなんて。でもそれだと異世界転移にも納得がいく。ラノベの転移モノは死んで異世界に飛ばされるのがテンプレだ。そして、大抵は元の世界に戻れはしない――。

 俺が期待した答えをあきらめかけていると、下がっていたゲンの顔がぐっと正面を向く。


「いや、何とかしよか」

「マジで!」

「でも君もう人間やないけど、それでも戻りたい?」

「え?」


 希望の光が見えてきたところで、また突然落としてきた。異世界転移って普通体は元のままじゃないのか? チート能力を得たとしても。俺はすぐに自分の体をよく見たものの、見える範囲では特に何も変わったようには見えなかった。

 そんな俺の仕草を目にしたゲンは、そっと手鏡を差し出す。


「見てみ?」


 言われるままによく見ると、鏡に写った俺の顔、正確には頭部に見慣れない突起物が生えていた。あ、こう言う生き物の名前知ってる。


「鬼? 俺、鬼になっちゃったんですか?」

「せやなあ」

「あの、これ、見た目だけなんですか?」

「どうやろねえ」


 ゲンは何とも頼りない。物語のポジション的に言えばインテリ枠のはずなのに、どうしてこんなにふわふわしているんだろう。

 まぁとにかく、角以外に見た目の変化がないなら対処法は簡単だ。


「じゃあ、帽子とかで隠し」

「あ、口に牙があるねえ」


 目覚めた時から口内に違和感があると思っていたら、その正体が牙だったとは。どうやら、確かに俺は鬼になってしまったらしい。鬼の体に憑依したのか、転移の影響で体が鬼化したのか……原因はまだ分からないけど。

 俺がこの新しい体にショックを受けていると、突然部屋のドアが勢い良く開く。


「おにーちゃーん! ただいまあ」

「おかえりー」


 突然現れたのは俺を殺した張本人、ゲンの妹のミカだった。つまり、彼女が選択を間違えなければ、俺はこの世界に来る事もなければ鬼にもなっていなかったのだ。可憐なエルフの美少女は、無邪気な笑顔で兄と語らっている。俺の事なんてまるで眼中にないようだ。

 無視された事もあって、俺の怒りは一気にゲージの上限にまで達する。


「おまええええ!」

「あ、実験成功したんだ?」

「ん?」


 彼女の言動に俺は首をひねる。実験? 成功? さっきまでのゲンの話と噛み合わない事で、俺の頭の中はまたしても真っ白になる。


「誤解しないでよね。お兄ちゃんが実験体が欲しいって言うから、私が持って帰ったんだよ」

「ちょ、どう言う事だよ!」

「あははは」


 ゲンは何かを誤魔化すように笑う。その態度から、俺は兄と妹のどちらの話が正しいのかを直感的に感じ取った。兄の方を問い詰めると、そこでようやく真相が判明する。

 簡単に言うと、さっきのミカの話が真実だった。ゲンが実験体を求めて彼女を異世界に転移させる。そこで、俺を見つけて連れ帰った。俺が暗黒魔法でコロっと死んでしまったので、培養液の中で様々な実験をしていたのだと――。


 真実が分かり、俺は怒りの矛先をゲンに向ける。


「お前が諸悪の根源かーっ!」

「まぁまぁ、ええやん。鬼の体を楽しもうや」

「楽しめんわー!」


 俺は脳天気なゲンを怒りに任せてふっとばしてしまう。筋力も鬼になっていたのを実感したのはその時だった。彼がギャグ漫画のように一瞬で空の彼方に消えていったのだ。人間だった頃のひ弱な筋力ではこうはならない。

 初めて思いっきり人をぶん殴った俺は、しばらく肩で息をする。


「ハァ……ハァ……」

「君、これからどうするの?」

「こうなってしまった責任を取れよ」

「やだ」


 ミカから秒で拒否されて、俺は二の句を継げられなくなった。場に微妙な空気が流れて、どうしていいか分からなくなる。そんな雰囲気が数分くらい続いただろうか。沈黙を破るように、部屋のドアが突然バアンと派手に開いた。


「西の大陸にある黄金の果実ってのがええらしいんや!」

「おま、戻ってきたんかい」


 現れたのはゲン。さっき空の彼方にまでぶっ飛ばしたのに、何故か無傷でピンピンしている。ギャグ漫画の住人かな?

 それはそうと、このタイミングで新情報を出してきたと言う事に俺の目は輝いた。


「その果実を食べれば、人間に戻れるんだな?」

「いや、腰痛にええらしいんや」

「全然関係ねええ!」


 折角上がった期待値が一気にゼロになって、俺はガクリと落胆する。


「結局本当の目的は何なんだよ」

「おうおうおう! 今日こそ借金返してもらおうか!」


 このカオスな空間に突然現れたのは、いかにもその筋っぽい雰囲気を持ったオークの兄さん方。ガタイはいいわ、サングラスをかけてるわ、アロハシャツを着ているわ、セカンドバックを持ってるわで、以前の俺だったら至近距離に近付かれただけでチビっていた事だろう。

 借金取りオークに迫られたゲンは不敵な笑みを浮かべ、手のひらに収まる何かの装置みたいなやつのスイッチを入れた。


「行け! オニモン!」

「か、体が勝手に……」


 その装置に操られた俺は、オークをワンパンでぶちのめす。部屋に乗り込んできた2人と建物の外で待っていた3人をのしたところで、ようやくこの呪縛は解けた。


「何させんだよ!」

「仕方ないやん。この借金は君を復活させるためにしたんやで」

「う……」

「あはは、実験は兄さんのただの趣味だよ」


 これもミカの話が本当なのだろう。とは言え、その趣味で俺は復活出来たのだから複雑な気持ちだ。2人共、黙っていれば非の打ち所のない美形兄妹なんだけどなあ。

 荒くれオークをぶっ飛ばした事で家はめちゃくちゃになってしまった。その様子を眺めていたゲンはギュッと拳を握る。


「よし、旅に出よか」


 そんな軽いノリで、俺達は旅に出る事になった。旅行に必要な荷物をゲンが開発した車に詰め込んで出発する。ゲンとミカと俺の3人旅だ。いきあたりばったりすぎて不安になってくる。


「なぁ、これ借金取りから逃げてるだけだよな?」

「目指せ! 黄金の果実や!」

「それより俺を元の体に戻して元の世界に戻せ~!」

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異世界で目覚めたら鬼になっていたんだけど? にゃべ♪ @nyabech2016

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