乱痴気見合い

九十九

乱痴気見合い

 少女は目の前の光景に困り果てていた。

「コメディかな?」

 凄惨たる現場で、少女は一つ溜め息を落した。

 喜劇と言うにはあまりにもお粗末すぎる。


 喜劇とは悲劇と対照を成した存在である。故に喜劇と悲劇は表裏一体が如く近しいのではないかと少女は思う。

 

「依頼が入った」

 少女にとって今日の出来事を悲劇とするなら、その言葉こそが悲劇の幕開けだった。

「んえ、今日は休みだって言ってたじゃん」

 口の中からロリポップが転げ落ちるのを慌てて阻止した少女は、突然現れた己の上司に怪訝そうな顔を向けた。今日は休みだと聞いていたから積んでいるゲームを消化しようと思っていたのに、と独り言ちる。

「簡単な依頼だ。後で休みもやる」

「ええ……、まあ、後でちゃんとくれるんなら良いけど」

「引き受けてくれるな?」

「良いよ」

「引き受けたな?」

「え、なに、何か問題ある依頼?」

 念を押す上司に少女は訝し気に上司を見た。対する上司は普段浮かべない笑みを浮かべている。嫌な予感がするのをやり過ごしながら、少女は上司へと改めて向き合う。

「それで、依頼内容は?」

「偽装婚約とそれに合わせたお見合いだ」

「は?」

 からころとロリポップを口の中で転がしながら上司の言葉に全身全霊を持って耳を傾けていた少女は、言われた上司の言葉に固まった。


 あの時、良い、なんて言わなければ良かったと少女は顔を覆った。身体を締め付ける着物の帯が苦しくって仕方がない。

鏡の前に立てば、たおやかそうな少女がこちらを向く。

「はは、馬子にも衣裳だ」

 半笑いで、鏡の前でくるりと回れば、鏡の中の少女もふわりと回った。

「なかなかどうして、似合っている」

 肩を震わせた世辞に、隣に待機していた歳の離れた兄に扮した上司を、少女はじっと見つめる。

「なんだ?」

 分っているくせに、わざとらしく尋ねる上司に少女は半眼になる。

「お見合い、緊張するなって思って。ね、お兄ちゃん」

 にっこりと嫌味なくらい笑ってみせると、上司は鼻で笑った。

「お相手は気に入って下さっている。きっと直ぐに終わる」

「だと良いけれど」

 何となく嫌な予感がしたのを少女は伏せた。

 これから少女は、兄に扮した上司を伴って、依頼主とお見合いと銘打った顔合わせをする。お相手は翼人種の青年だ。

 それなりの地位についている青年の周囲は、どうやら最近騒がしいらしい。やたらと物騒な話が絶えないと言う。そこで、影に隠れたまま表に出て来ない騒ぎの元凶に青年は一考を投じた。曰く、伴侶と言う弱点を作って釣り上げてしまおうと言う案だ。

「これ、本当に私である必要あった?」

 周りに誰もいない事を確認して上司へと尋ねると、上司は肩を竦めた。

「同じ翼人種は苦手、異種族の中では人間が一等好きらしい」

「趣味嗜好の話じゃん。一等って事は、二等でも三等でも良かったじゃん」

「依頼には?」

「出来るだけ合わせて行動する」

 少女は眉間に皺を寄せて、人間に擬態した上司の肌を抓る。どれだけ抓った所で上司は痛くもかゆくもないのだが、少女の腹が収まらないので八つ当たりで抓る。

「弱点を作る意味でも適任だ。お前が俺達の中で一等弱いからな。下手な演技は相手が出て来ない可能性がある」

「異種族の中じゃ脆いだけです」

 むくれながら少女がそう言うと、上司は視線をどこか遠くにやりながら微笑んだ。今日は良く上司が笑う日だ、と少女は上司の視線の先を追った。勿論、何も見えやしなかったけれど。


 あの時本当に、良い、なんて言わなければ良かったと少女は心の底から思った。引き攣りそうになる唇をなんとか誤魔化す。

 どうして此処に、と開閉しかけた唇をぎゅっと結び、少女はにこやかな笑顔で隣の上司を肘で突いた。

「やあ、よく来たね」

 にっこり笑ってそう言ったのは顔見知りの触手人種の男だった。笑顔の筈なのに圧が凄い、と少女は男から目を逸らす。男の足元で、触手が少女を招くようにうねった。

「本当によく来たね。お見合いだと言うのにね」

 口には笑みを浮かべたまま、目で人が殺せるんじゃないかと言うくらいの鋭い眼差しで触手人種の男は上司を見た。上司は知らぬ存ぜぬで、視線は依頼主の元へと向いている。少女は二人のやりとりにうっかり頭を抱えそうになった。

「えっと、宜しくお願いします」

「うん、いらっしゃい。来て欲しくはなかったけど、会いたかったよ」

 何とか言葉を絞り出した少女に答えたのは依頼主ではなく触手人種の男だった。先程上司を見ていた表情とは一転して、甘い瞳で少女を見る。少女は溜め息を押し殺して、男と依頼主に笑顔を見せた。

 依頼主の翼人種の青年は、触手人種の男の隣で何とも言えない顔で佇んでいた。表情を察するに困惑と恐縮、それと面倒事に対する諦め。

「よく来てくださいました。取敢えず座ってください」

 依頼主の青年は、少女達を椅子へと促した。少女は頭を下げて、逃げ出したい足を叱咤して依頼主達とは反対の席へと腰を降ろす。

「今日は彼のお見合いだって聞いてね」

「そうだ。今日は彼と妹のお見合いだ」

 にっこり笑顔で触手人種の男が切り出すと、少女が何かを言うよりも早く上司が返した。

「私はそんな話、聞いてないなあ」

「言ってないからな」

 ばちり、と両者の間に見えない火花が散った。

「私に話を通さないでお見合いなんてさせようとしたんだ、お兄さん?」

「言う必要が無いからな、部外者」

「どうして彼女のことなのに私には言う必要が無いのかな?」

「一方的な好意を寄せるただの部外者にどうして知らせる必要がある?」

「へえ」

 ぴり、と空気がひりつくのを少女は半笑いで見送った。翼人種の青年は少女と触手人種の男の顔を何度か見比べてから、困った様に笑った。今日この場で言えば主役である翼人種の青年を置いて、何故か触手人種の男が主役のような空気になっている。

「君もどうして私が居るのにお見合いの話を受けたんだい?」

 容姿を僅かに悲し気に歪ませて男は言う。足元の触手が少女の着物に隠された足を引き摺った。男の顔に映るのは執着だ。

「いや、承諾した時点では知らなかったんで」

 少女は男から目を逸らしながら、正直に言う。対する男は少女から少しも視線を逸らす事無く、ついでに触手で少女を雁字搦めにしてから、上司に地獄に落ちろのポーズを取った。

「話を聞かないで依頼を受けるのは止めなさいと言っただろう」

 勿論少女に諭すのも忘れない。

「依頼を受けるのが仕事なもので」

「それで今度は本当に結婚なんて事になったら私は相手を殺してしまいそうだよ」

「殺さないでいただけると嬉しいっすね、はは」

「はは、偽装婚約どころかお見合いもどきだって本当は許したくないんだけどね」

 ぎゅる、と音を立てて触手が締まるので少女は密かに笑みを固くした。全く痛くも苦しくも無いが、逃さないと言う圧に笑顔が引きつる。

 その少女に絡まる触手を上司は無遠慮に引き千切った。

「妹の何でもない部外者が何か言ってるな」

「はは、殺したい」

「お前も依頼を出せばおままごとの偽装恋愛くらいは出来るんじゃないか?」

「はは、殺す」

 一瞬の沈黙、互いが互いにがんを飛ばし合うその状況に、少女は椅子の上で逃げる準備をする。

 次いで、少女の頭に上司の手が乗り、頬に男の触手がするりと触れた瞬間、何処かでゴングが鳴った。

 触手人種の男から触手が次々に現れ、上司を襲う。上司は涼し気な顔でその場を退き触手を避けると、手前の触手を引き千切った。

 始まった喧嘩に少女は頭を押さえ、困った笑顔のままどうする事も出来ない翼人種の青年と一緒に避難した。


 飛び交う家具に、目で追えない両人の姿を目前に、少女は依頼人と最近見たアクションコメディの映画の話で盛り上がった。所謂現実逃避である。

 確かあの映画も、今の状態のように仲が悪い二人が一人の女性を巡って、周りを巻き込んでどんちゃん騒ぎする内容だった。その場合、取り合った女性のポジションが自分だと言う事に、少女は空笑いする。コメディとは他者から見たらコメディでも当人たちからしたらまるで違うのだな、と頭の片隅で実感する。

 殺意が漲る部屋の片隅で、少女と翼人種の青年はまるで本当のお見合いみたいに互いの趣味や日常について話し始めた。これもまた現実逃避である。


 結局任務は、お見合いと聞き付けてのこのことやって来た騒ぎの元凶を、触手人種の男と上司が喧嘩の最中にのす形で達成した。

「コメディかな?」

 凄惨たる現場で、少女は一つ溜め息を溢した。

 喧嘩は規模を広げ、数多を取り込み、未だ終わる気配は無い。

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