強くても、かわいい女の子。

卯野ましろ

強くても、かわいい女の子

「ん~っ、開かない!」

「随分かったいよねぇ、それ」


 お昼休みに、友達がジュースを買った。でもペットボトルの蓋が頑丈で、まだ飲めない。早く飲みたいのに、かわいそうだ。


「私、やってみる」

「えっ、ひとちゃん大丈夫?」

「うん。貸してみて」

「じゃあ、お願いしますっ」

「もし開けられなかったら、ごめんね」

「いやいや、全然!」

「そうだよ。やばいもんね、この蓋」


 ペットボトルを受け取った私は、早速蓋を回した。すると、


「わっ! ひとちゃん、すごーい!」

「開いちゃった……!」


 あっという間に私はクルクルと蓋を開けてしまった。それを見た彼女たちの、かわいらしいリアクションが微笑ましい。


「はい、どうぞ」

「わーいっ! ありがとう、ひとちゃん!」

「ふふ、どういたしまして」

「すごいねぇ、ひとちゃん」


 この子たちと友達になれて良かったな。嬉しそうな、あるいは楽しそうな顔のみんなを見て思った。


「うわぁ~、遠塚とおづかすっげーな! さすが元柔道部!」

「……は?」


 怒りの声を発したのは、私ではなく友達。親しくない男子の声を聞いて、私はビクッと体を震わせることしかできない。


「そのペットボトル、なかなか開かねぇのに開けちまったとかマジかよ! こいつ、ぜってー男よりも強いだろ? っつーか前世はゴリラだな!」


 う……。

 中学時代、柔道で男子に勝ったこともあるから図星だ。


「いい加減にしろよ、バカ!」

「そうだよ。ひとちゃん、かわいそう!」


 みんなが庇ってくれるのに、私は俯いて黙ることしかできない。こういうとき、お笑いにして場を和ませることができれば良いのだけれど……。そんな技術、私は持っていない。


「遠塚、実は女じゃねぇだろ? ついてんだろ本当は。やたらと洒落っ気あんのも、それを隠すためだったりしてな!」


 ……どうしよう……。

 もう限界なのに全然止まってくれない。


「その強い女の子のひとみに、おれは柔道で勝ったことがあるけど?」


 私の頭にポンッ、と何かが優しく置かれたのと同時に教室が静かになった。ガラッと空気が変わり、私は顔を上げた。


近岡ちかおか……」


 私より強くて、かっこいい男の子。

 どんなに驚いても、しっかりと彼を名字で呼ぶ私。まだ他の人の前で、下の名前を口に出すことはできない。


「自分がひとみより弱いからって、八つ当たりするな。ひとみを傷付ける元気があるなら、もっと強くなるように頑張れよ。どうだ、おれが稽古してやろうか? 絶対に容赦しないから、怪我するけど」


 あれだけ楽しそうに捲し立てていた男子は、もう何も言えずに下を向いている。


「……ひとみ、立って」

「えっ?」


 片腕を引かれて私は立ち上がった。その途中、耳元で「ほら、化粧ポーチ」と囁かれた。


「ごめん。ちょっと、ひとみを連れていっても良いかな?」


 その言葉を聞いた私の友達は、うんうん! と首を縦に振った。


「行こう、ひとみ」


 私は彼を見つめ、黙って頷いた。そして私たちは歩き出し、まずは教室を出た。




「はーあ。よく耐えたな、おれ。危うく、あいつを殴りそうになったよ。はっはっは」


 教室から少し離れて、再び優士やさしが口を開いた。


「おれも、まだまだだな。今日も道場で、みっちり稽古するぞ……」

「ねぇ、優士」

「ん?」


 私の声を聞いた優士は足を止め、私に向き合った。そして私の頭には、また温かくて大きな手が添えられた。


「優士は、何でも分かっちゃうんだね……」


 私が傷付いていたことも、あの場から離れたかったことも、化粧が崩れるのが嫌で泣かなかったことも……。


「そんなことはない。昔ひとみに対して、たくましいって言っちゃったし……。人のこと言えないよな、おれ。自分だって、女の子が気にする失言かましているくせに」


 私は首を横に振る。すると優士は「そっか、ありがとう」と言いながら涙を拭ってくれた。涙が落ち着いてから、また私たちは進んだ。




「じゃあ、まだ時間あるから行っておいで」

「うん……」


 女子トイレ付近で止まる私たち。化粧崩れが心配な私を、優士は気遣ってくれた。


「おれは先に戻るよ」

「あ、待って優士!」

「ん?」

「……ちょっと屈んで?」

「うん」


 私が教室へ戻ろうとした優士を止めた、その理由は……。


「……ありがとう!」


 優士の頬に、キスがしたかったから。


「じゃ、またね!」


 自分の顔が熱くなるのを感じながら、私は赤くなっている優士に手を振った。




 ……はあぁ~……。

 ひとみ、かわい過ぎ……。

 どんなに強くたって、ひとみは超かわいい女の子だよ……。

 ずっと守ってあげたい!

 おれは、ふつふつな顔を手で覆いながら廊下の隅に立っている。

 やばい、この顔で教室に戻れない……これじゃあクラスの笑い者だ。おれたちに何があったか探られるに違いない。

 ……よし!

 そのとき、おれは両手でパンッ! と自分の頬を挟むように叩いた。

 ……さあ、行くか。

 気持ちを切り替え(たと信じたい)、おれは前進した。そして改めて誓った。

 今日も空手の稽古、頑張ろう。

 これからも強くなるぞ、ひとみを守るために……。

 押忍!




※以下、二人がいないときの教室の様子

「あんた、ひとちゃんのことが好きなんでしょ?」

「ひとちゃんより弱いからって、あんなことして……情けない!」

「ダサいよね~、好きな子に意地悪するなんて」

「それにしても、やっしーマジイケメン」

「本当に王子様だよね、近岡くん!」

「あと、ひとちゃんマジ天使」

「うんうん! ひとちゃん、超乙女!」

「そうそう。実際めちゃめちゃ強いのに、何か守ってあげたくなっちゃうよね~」

「あんなこと言われたら、あたしなら言い返したけど……。ひとちゃんは、お淑やかだからなぁ~」

「品があるよねぇ、あの二人」

「そりゃくっつくわ~」

「惹かれ合うわ~」

「そんなひとちゃんが、お前なんか好きになるわけないだろ!」

「というか、あの二人が付き合っているの知らなかったんだ」

「二人の様子を見て、ポカーンとしていたもんね」

「もう手遅れだよバカ」

「ざまぁ」

「ひとちゃんに謝れよな!」

「この醜男!」

「女の敵!」

「ひとちゃんだけじゃなく、このクラスの女子全員! お前なんか大嫌いだからね!」




「……もう二度と……絶対に、あんなことしません……」


 

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