修羅場は突然に…

玄武堂 孝

【KAC20224】修羅場は突然に…


 僕こと加原かばら 一はクラス単位で異世界召喚され淫魔王と呼ばれる存在となった。

 チートで無双し、そのたびに嫁が増えていった。

 チーレム大勝利のはずなのだがちっともそんな感じではない。

 僕の異世界チーレム生活はどこかおかしい。



 この世界は十字教という宗教が広く浸透している。

 十字架をシンボルとしているこの宗教は箱庭地球のキリスト教と同じような価値観を持っている。

 だが1点において明確な違いがある。

 救世主の復活の奇跡については明らかに異なる。

 魔法のあるこの世界では『奇跡』ではなく『魔法』だ。

 だからキリスト教では神の代弁者として神格化された救世主はこの世界では『魔法』を駆使して大活躍する『ラノベ主人公』と化している。


 十字教にもキリスト教同様にいくつもの宗派が存在する。

 十字教寛容派は南都サザンクロスで誕生した一派で『南十字教』と言われている。

 そして寛容な南十字教は重婚を認めている。

 …というか僕が重婚するために立ち上げました!

 異世界チート、いや異世界貴族やりたい放題だ!!

 まあこの世界は重婚こそ認められていなかったが公妾という側室が認められている。

 僕は手を出した相手は平等に扱うというスタイルなのでお妾さんなんて日陰者にはしない。

 問題があるとすれば僕の性的嗜好がバレバレになる事くらいだ。


「では領主であるカバラ侯爵から祝いの言葉をいただこう」


 フィレモン牧師から指示が来る。


「領主のハジメ・カバラです…」


 野外音楽堂として利用されている場所での結婚式。

 僕らはそれに参加していた。

 お嫁さんズの参加者はヘラとリゼ。

 正妻のヘラはカバラ邸を守る事が多いので人前に姿を見せるのは珍しい。

 だが下町出身という理由で街での人気は高い。

 大聖母リゼはその圧倒的な治癒能力で多くの人を癒している。

 天然気味で人間味あふれる人柄から街で人気がある。

 風姉かざねえとミコさんは用事があるという事で不参加。

 菊と花、その他の愛人さん達はカバラ邸で中継を楽しんでいる。


 結婚式を利用して寄付を集めるという集金システムを南十字教に取り入れていた。

 発案者は僕。

 結婚する事で子供が生まれ、それが将来的に領地の力になるという考えで事業を援助している。

 この文明レベルでは人こそが力なのだ。

 富国強兵政策をまるパクリで実行しているのだ。

 通常領主が結婚式に参加する事はないが結婚式のオプションで『領主からの挨拶』を選択可能。

 ぼったくり料金を請求されるのだが今回の新郎新婦はダンジョン攻略でがっぽり儲けているのでチョイスしたようだ。

 ちなみに僕には1円もバックされず南十字教にお布施として徴収される。

 世知辛い。

 ただただだるい結婚式のスピーチだが今回は個人的に楽しめると思っている。

 なぜなら今回の結婚式は新婦が2人だからだ。

 つまり重婚の結婚式だ。


「新婦の女戦士Aさんは【剣術士】。

 かたや女戦士Bさんは【槍術士】であります…」


 ちなみに新郎は盾持ちの【剣術士】、つまりタンクだ。

 これは流血沙汰確定だな。

 南十字教では重婚を許可している。

 だがそれを妻が許すかは別だ。

 場合によってはフィレモン牧師が『どちらが好きか?』などと聞いてくる。

 結婚式で最初の試練が新郎に襲ってくるのだ。

 過去2回の結婚式で僕はこの試練を経験していた。

 観客の前でお嫁さんズからの往復ビンタに会場は大いに盛り上がった。

 だが今回の僕はこれを間近で楽しむ立場だ。

 思いっきり楽しむよ!


 結婚式は進行していく。

 冒険者仲間が酒を持ち込み大騒ぎだ。

 現代日本と違い娯楽の少ないこの世界は結婚式が祭りとして楽しまれている。

 振舞酒目当てに人が集まっていた。

 最近では屋台なんてものを始める人間も増えてきている。

 その串焼きのいい匂いが鼻孔をくすぐる。

 お誕生日席でなければ並びにいくんだけどな。


「さて、南十字教では一夫多妻を認めている。

 今回新郎はそれを選んだわけだが新婦2人はそれでもいいのかね?」


 キター!!!!!!

 会場の熱気は最高潮。

 フィレモン牧師は手を上げ、それを制止する。


「まずはこの2人の意見に耳を傾けて欲しい」


 フィレモン牧師の合図でなぜか甲冑が運ばれてくる。

 フルプレートの甲冑は圧倒的な防御力を誇示している。

 ただ運ばれてきたという事は誰かが装備しているわけではないだろう。

 意図を考えてみるがさっぱりだ。

 そこにノースリーブ白拍子姿のミコさんが現れる。

 いつもの薙刀ではなく槍を持っていた。


「槍は専門外なんだけどね」


 ミコさんはなぜか僕を一瞥すると槍の連撃を甲冑に放つ。


「ハジメ、調子に乗って嫁を増やすんじゃないわよ!」


 叫びとシンクロしてつきだされた槍先が甲冑に大きな穴をあけていく。


「お姉ちゃんも剣は苦手だなー」


 次にノーマルソードを持った風姉が登場。

 エロ忍者コスで独身者の多い冒険者男子は大興奮!

 風姉曰く『刀と剣は別物』との事だった。

 日本刀は文字通り『切る』のだが西洋剣は切るというよりは『力でぶっ叩く』物だとか。


「弟君、もっとお姉ちゃんと遊んでくれなきゃこうだ!」


 風姉が剣で切るような動作をしたあとに甲冑はバターでも切るようにあっさり切断された。

 2人の技に観客がやんややんやと手を叩く。

 多分観客は手品だと思っているのだろうがガチだ。

 ガチで鋼鉄の甲冑を切った。


「ちゃんと手綱を握らないと際限なく嫁が増えるからね」


 2人は手にした獲物をウエディングドレス姿の新婦に手渡す。

 顔は笑顔だが笑っていない目を僕に向けて。

 明らかに新郎は引いている。

 この後結婚の誓いを2人の新婦とするのだが刃傷沙汰の可能性が出てきた。

 ここでフィレモン牧師が『どっちの方が好き』などとお茶目な質問をした日には視認が出る。

 実際過去にその質問を僕は結婚式でされた。


「お待ちなさい」


 僕の隣に来たヘラが新婦2人に声をかける。


「武器を使うのは関心しません」


 ああ、ヘラはこの領地の良心だよ!


「夫婦喧嘩はステゴロですべきものです」


 ステゴロとは素手での喧嘩の事だ。

 昔の不良漫画で使われている用語だがリアルで初めて聞いた。

 ヘラは現在カバラ侯爵夫人で王国の第2王女だ。

 ただ幼い頃下町で育った。


「ふむ、では奥方に夫婦喧嘩というものの見本を見せていただこう」


 ちょ、おま!

 フィレモン牧師はにぃと笑う。


「このような小さい女性に殴られても大した事はないだろう?」


 速攻ヘラが『私、ちっちゃくないです!』と反論。

 ヘラの身長は150㎝で僕より頭一つ小さい。

 だが日々子供が誘拐されるような危険な下町を生き抜いたその小さな拳は文字通り『凶器』だ。

 その幼く可愛い外見に似つかわしくない攻撃力を知っているのはごく一部の人間だけだ。


「…しょうがないですね」


 ヘラが光彩のない瞳で僕を下から覗き込む。

 なんか怒っている??

 思い当たる事があり過ぎて特定出来ない!!


「旦那様!どんな怪我でも私が治してみせます!」


 リゼの気持ちは有難いけどこれを止めて欲しかった。

 その発言は僕がボコられる事前提なんだけど気付いているかな?


「ハジメ様、私は別に怒っていませんよ?

 いきなり12人もエルフを連れてきた時は驚きましたが…」


 ひいっ!


「ああ、でもなぜかむかむかするんですよね…」


 ヘラ、ガチ切れ。

 その小さな拳を僕の腹に当てる。

 ゼロ距離からのパンチは確実に僕の内臓にダメージを与えた。

 そのありえない重い拳に体を『く』の字に曲げる。

 背の低いヘラが顔面にパンチを叩き込むには相手の頭を下げる必要がある。

 即座にヘラのアッパーが僕の顎に刺さる。


「「「うわー!!」」」


 明らかにザコキャラがやられるような感じで空を飛ぶ。

 めちゃくちゃ痛い。

 その途中で僕の視界に大歓声の領民が入る。

 スタンディングオベーション。

 絶対仕込みだと思っているんだろうな。

 僕は『お笑い』担当じゃないんだけどな。

 まあ、みんなが楽しんでくれているから我慢するけど。

 でもさ、僕のラブコメって体を張ったリアクション芸人みたいだ。

 コメディにバイオレンス要素は必要ないと思うけどね。


「旦那様!死なないでください!!」


 リゼが泣きながらその大きな胸を僕の顔を押し付ける。

 苦しくて息が出来ないから離して!

 見えないが観客男性のヘイトが飛んできているのがわかる。

 だがそんな事を気にしている余裕は僕にはなかった。

 天国…いや、天獄に落ちていく。

 気を失った僕は結婚式から退場したのだった…。


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