幽霊たちは桜がお好き

 深夜1時 


 大粒の真珠を思わせる月が天守閣の後ろに見える。

 桜たちは無言で花びらをひらひらと落とし、砂利を踏みしめる僕らの足音だけが響いていた。


 今回の依頼はこの街にある城跡周辺の除霊。

 人は魂だけになっても桜を好むのだろうか。どういう訳か、毎年桜の咲く頃になると幽霊が増える。

 そして桜の名所として知られるこの場所の幽霊祓いは、毎年花見のシーズンになると協会に持ち込まれる案件だった。

 去年までは渡辺さんとのんびり夜桜見物的な気軽さだったのだか、今夜は勝手が違うので少し緊張してしまう。


「そろそろ頼む」


 碓井さんにそう言われて、僕は道具カバンからラピスラズリのペンジュラムを取り出した。

 一度瞼を閉じて、息を吐く。


「回れ」


 目を開き声をかけると、瑠璃色の石は右回転で動き出した。


隠世かくりよにあるべき魂を示せ」


 そう命じるとペンジュラムは回転を早めた後、先端で数カ所を指した。


「13人は出ていますね。やはり花の季節は多いな」


「今晩だけで片付くかどうか……先ずは北か」


 ペンジュラムが指し示す方角にはお堀があった。

 お堀の汀をじっと見ていると、ポウと人魂のような光が現れた。


 と思ったら殺気!


 ヒュンっと何かが飛んできた。


 金属がぶつかる音。

 碓井さんは一歩前に踏み出し、それをで受け止めていた。


 突っ込んできたのは、甲冑を纏った幽霊だ。

 白い顔の鎧武者は碓井さんと数回刃を交えた後、斬られて消えた。

 

「とりあえずひとり目。香くんとの初仕事だし穏便にしたかったのに……のっけからすまないね」

 

 碓井さんは軽く肩をすくめてみせた。


「いえ、僕が先にロック捕縛できれば良かったんです」


「渡辺さんなら全身から『皆さんの味方です〜』って友好モードの気を出せるんだろうが、難しいな。俺の場合は霊たちが怯える」


 

 しかしその後は思いの外順調だった。

 碓井さんが刀を持って僕の後ろ立ってるから脅しが効いているって気もするけれど……声をかけて話を聴いて、納得して昇ってもらえた。


「香くんいいね。流石は渡辺さんの秘蔵っ子」


「碓井さんのお陰ですよ。僕一人じゃ迫力不足で話なんか聴いてもらえません」


「そんな事ないと思うがな」


 そして、なんだかんだで12人の魂を送る事が出来た。

 残りひとり。

 

 枝ぶりが立派な古い桜並木の脇をペンジュラムが指し示す方へ進んで行くと……。

 急にガヤガヤとした喧騒に包まれた。


 『祝出征 ◯◯君』『武運長久』

 掲げられたのぼり旗が揺れている。

 日の丸の小旗を持った人々、バンザイする人々。

 その前を隊列が行進していく。


「……急に、なんですかこれ? 幽霊では無いですよね」


「ほぅ、珍しい『夢幻のうつし』とは。これは土地が持つ記憶と人の持つ記憶が重なった時に見える霊象だ。過去の出来事が映るだけ。害はない」


「大正? 昭和? 結構昔の記憶ですね」


 勇ましく進む隊の中にひょろっと背の高い兵隊がいた。目鼻だちのハッキリとした、それでいて優しげな男は満開の桜を愛おしそうに眺める。

 そして僕と目が合った。

 彼は微笑んで会釈をした。


「……へ?」


 僕は思わず息を呑んだ。


「どうした?」


「いえ、何でもないです」


 霊とは違うものだ。過去の幻と目が合うわけ無いか。

 僕が目を擦っているうちに隊列は夜の闇に消えていった。


「行ったな。でも記憶の主は近くにいるはずだ」

 

「あ、あれですかね」


 最後のひとりは桜の木を蹴飛ばしていた。


「嫌い。キライキライ……桜なんて全部無くなっちゃえ!」


 小さな、女の子の霊だ。どうやらベソをかいているらしい。


「どうしたの。話、聞くよ」


「話す事なんてない。みんな嘘ばっかり。こんな桜……全然おめでたくなんか無かった。グスっ、グスっ」


「桜に罪はないですよ。こんなに綺麗なのに……八つ当たりしない。ほら泣かないで」


 女の子は逃げない。

 僕は背中の辺りを摩ってみた。

 彼女は大きな瞳からポロポロと涙を流した。


「……ごめんなさい、ごめんなさい。呑気に長生きして。ごめんなさい。『バンザーイ』なんて言って、本当にごめん。お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……」


 深い後悔の念、この人の心の奥底にある澱が魂をこの場所に繋ぎ止めている。

 あれ? この面影は……


「ひょっとしてお兄さんって、背が高くて色白で目尻にホクロがある?」


「……知っているの?」


「うん、ちょっとだけ。お兄さんは貴女に会うの楽しみにしていますよ」


「そんな訳ない。笑顔で死地に送り出して。自分だけ幸せになって。酷い妹だわ。合わせる顔がないの」


「いいえ。お兄さんは貴女の土産話聞くのを楽しみにしています。彼は貴女の幸せを願っていましたから。……いい人生だったんでしょう?」


 彼女の目から大粒の涙が一筋流れた。


「…… 決して楽では無かったけれどね。優しい人に巡り会えて、子宝に恵まれて、賑やかな家族でね。ひ孫のウエディングドレス姿まで見れたんですもの……幸せな人生だったわ」


 ふわりと女の子の姿が揺らぎ、小さなおばあちゃんの姿になった。


「それをお兄さんに話してあげてください。苦労話も愉快な話も。絶対に喜びます」


「そうかしら?」


「はい」


「ありがとう。…………やっぱり桜は綺麗ねぇ」


 微笑みながらおばあさんは消えた。

 無事、天に昇ったようだ。



 

「しかし彼女は何で桜に八つ当たりをしてたのでしょう」


「うーん、たぶんだが桜がここがかつて軍都だった事の証だからじゃないか?」


「え、そうなんですか?」


「ああ。ここの桜は陸軍の連隊誘致を記念して植樹されたんだ。当時の人々にとっては幕末の戦いで荒廃したまちの復興のしるしだったんだろうよ。まあ、軍都となる事を祝った桜だ。それ故に彼女は怨めしく思ったのかも知れないな」


「……そうだったのか。僕何も知らないで……」


「魂を動かすのは知識じゃない。香くんはきっと良いネゴシエーターになるよ」


「そうですかねぇ」


「ああ。いつか渡辺さん超えも夢じゃないぞ」


「調子に乗るから煽てないでくださいよ」

 

 こうして碓井さんとの初任務は無事終了した。

 


 帰り際には朝日が差してきて、春の風が一斉に桜の花びらを舞わせる様はとても綺麗だった。

 


 

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ゴーストハント協会 日本支部 東北方部会 —— 卜部香と桜の夜—— 碧月 葉 @momobeko

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