Flight ∞

 あれから、どのくらい経っただろうか。

 現在いま、わたしはもう新人を卒業して、まだまだ半人前ではあるが、一人の探求者ワンダーとして成長していた。

 ここまで来るのに結構な時間がかかった。新人の頃の、初めての中間報告は何とか上手くこなすことができたが、それ以降の中間報告では成功することもあれば、苦労することもたくさんあった。……時には挫折しそうになったこともある。

 それでも、今までやって来れたのはやっぱりアルスのおかげだった。アルスは家のことも上手くこなしながら、前よりもずっと知識をつけて、今でもわたしを助けてくれている。

 すっかり忙しくなってしまったせいで、アルスに会うのは少し難しくなっていた。けれど、わたしは夢を叶えるために、できることを精一杯やって来た。


 そして、今。わたしは宇宙をとぶために、出発の準備をしていた。それまでに数回宇宙へとんだことがあったが、いつも他の探求者ワンダーと一緒で、自由にとべたことはなかった。けれど、その日は試験のようなもので、初めてひとりでとぶことになっていた。――これが成功すれば、正式にひとりで宇宙にとぶことが許されるのだ。

 もっと自由にとべるようになるのは、まだまだ先かもしれないが、これで夢に一歩また近付くことができる。そう考えると、気が引き締まって、わたしは慎重になった。

 出発に備えて、わたしは舟を簡単に点検する。アルスとリヅォさんが時々面倒を見てくれているおかげで、舟は新品同様に綺麗で、まだまだ元気にとんでくれている。

 点検を一通り済ませると、わたしは舟に乗り込んだ。……まだ少し時間には余裕がある。そう思って、わたしは懐から「あるもの」を取り出す。

 ――それは手帳だった。前の手帳はもう書けないくらい、いっぱいになっていて、今ではすっかりボロボロだった。それでも、わたしのずっと大切な宝物で、いつも持ち歩いている。今取り出したのは新しくもらった手帳だった。

 その手帳は、出発の前に会った時に、アルスから餞別せんべつだと言って渡されたものだった。かれにもらった手帳は、前のものよりも一回り大きくて、たくさん書けるほど分厚い立派なものだった。どうやら、アルスは「あの約束」を覚えていてくれたようだった。

 今度はちゃんと書いていこう。わたしも「約束」のことを頭の片隅に置いて、手帳――手記を書き始める。題名タイトルは「とある探求者ワンダーの手記」だ。わたしはその題名タイトルの下に、自分の名前を書き足す。

 前の手帳を参考にしながら、わたしはきちんとした文章で、今までの思い出を書き連ねていく。しばらくそうしていると、出発にちょうど良い時間になった。

 ふと、わたしは振り返って、あいている後部座席を見る。そして、思った。

 ――いつか、この席にアルスとリヅォさんに座ってもらうんだ。必ず、二人と一緒に、宇宙を、空を、見に行くんだ。夢も絶対に叶える。アルスと一緒に、あの写真集の星に行くんだ。

 ……そのためにはまず、今日を成功させなければいけない。わたしは運転席に座り直すと、見えるところに、アルスにもらった手帳を置いた。そうすると、何だか、アルスが一緒に見てくれている気がした。わたしは航空眼鏡ゴーグルを着けて、深呼吸をすると操縦桿レバーを強く握った。

 出発までそのまま待とうと思ったが、ふと、わたしは思い立って手帳を取った。そして、最後のページを開いて一言書き付けると、すぐに元の位置に手帳を戻した。

 そうしているうちに、出発の合図が出ていた。わたしは操縦桿レバーを握り直すと、舟を思いっきり加速させるのだった。


 ――わたしたちはまだ、はじまったばかりなのだ――

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カナタ ―ソラのキセキ― 紡生 奏音 @mk-kanade37

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