蜂蜜色の再会

シンカー・ワン

争いは同程度の者同士でしか生まれない

 迷宮保有都市バロゥの一角、酒場のオープンテラステーブルを囲むのは三人の女性冒険者。

 強い陽射しに焼かれた証しな色褪せた髪に褐色の肌、笹の葉状の尖り耳と言えば熱帯妖精トロピカルエルフ

 痩身ながら出るところは出てるその健康美を誇るかのように、身に付けているのは下着同然の革製局所鎧だ。

 傍らに立て掛けているのは長柄武器ポールウェポン、切っ先は布に覆われ隠されているが形状から察して槍あるいはグレイブ。戦士ウォーリアか。

 南国出身者は肌を晒すことを美徳としており大概が薄着だ。熱帯妖精もその例に洩れない。

 対照的に極力露出を排除した柿色の装束に身を包むのは忍びの者。ご丁寧に頭巾で頭部をすっぽりと覆っている。

 残るひとりは魔法学院卒業の証しである三角帽子から魔法使いだろう。

 ゆったりとした着こなしの魔法使い専用ローブは、同席者の格好が恰好なだけにとても安心感があった。

 さすがに冒険者と言っても女性、真昼のテラスで酒を酌み交わすのはためらわれたのか、軽食や菓子類をテーブルに置き各々のカップの中身は果実水か香草茶。

「――それにしても、こんなとこでまた会えるなんてなー」

 熱帯妖精が掛ける声の気安さから、この三人顔見知りなのがうかがえた。

「その節は世話になった」

 礼をしつつ短く返す忍びに、

「お互いさま。気にしない」

 女魔法使いが軽く首を振り、簡素に答える。

 会話はそこで途切れ、続かない。

 あとは淡々と軽食を口にする音と飲み物が啜られる音が繰り返されるのみ。

 忍びに女魔法使いはその職質的に沈黙を是としたが、耐えられない者がひとり。

「だぁーっ。なんだよなんだよだんまりって? 久しぶりなんだからさ、ほら、もうちょっと、あの時の思い出話とかさぁ」

 熱帯妖精が堪えきれず、腰を浮かせて身振り手振りで訴えるが、

「そういうのはいい」

「生きて再会できた。それで充分」

 かぶせ気味に忍びと女魔法使いが打ち消す。

 かつて力を合わせ絶対の危機を切り抜けた間柄、そこで生まれたはずの友情や連帯感。

 久々の再会に思い出話や互いのこれまでで会話が弾むものと、熱帯妖精は思っていた。

 少なくとも、彼女がこれまで参加してきた一党パーティはそうだった。一度互いの命を預け合えば仲間。

 別れたら次また逢えるとも限らない冒険者稼業、再会すれば懐かしさで抱き合い涙して互いの無事を祝う。

 熱帯妖精彼女にとって冒険者仲間というのはそういう存在。

 ゆえに異質な同席者たちの態度に耐えきれなかった熱帯妖精は、言葉ではなく行動で示してしまう。

「えい」

 言うやいなや、忍びの頭巾を取り払う。あまりに一瞬な出来事に硬直する忍び。

 露わになった忍びの素顔に、魔法使いがチラリと好奇の視線を向け、

「……ほう」

 意味するところは解らぬが、小さく感嘆の声をあげた。

「へ、へえぇ。そんな顔してたんだ? 思ってたよりかわいいじゃん」

 自分がしでかしたことに戸惑いながらも、やっちまったことは仕方ないと開き直り、行動を正当性化しようとする熱帯妖精。

 常時戦場を心得る忍びにとって、不覚をとることは万死に値する屈辱だ。

 状況的に何かある訳が無いという思い込み、それが油断を生みあっさりと顔を晒す羽目に。

 己の慢心がゆえの結果、受け入れるしかない。

 しかししかし、相手が熱帯妖精こんな奴だなんて――。   

 忍びの中で何かが壊れる音がした。

「あーーっ!」

 奇声を上げテーブルにあったクリーム菓子の皿を手に取るなり、それを思い切り熱帯妖精の顔面に叩き付ける。

「ぶほっ」

 熱帯妖精の短いうめき声がして皿が落ち、白いクリームが覆われた顔が。

「色黒エルフ、白いのがお似合いだっ」

 引きつった笑顔であざけりの言葉を投げる忍びだったが、頭に血が上った短絡的な行動に隙が生じ、

「だらっしゃー」

 あっさりと反撃を受ける。熱帯妖精は手に持ったカップの中身、甘酸っぱい果実水レモン水を忍びの顔面にぶちまけた。

「め、目が―」

 レモンの酸味が目に入り、刺激でまぶたが開けていられなくなる。何たる未熟さか。

「ハハハ、無様ぶっざまぁ~」

 目を押さえもんどりうつ忍びを見下して高らかに笑う熱帯妖精。 

 が、驕れたのもひと時。笑い声で位置を把握した忍びに足をすくわれ派手にスッ転んだ。

 あとはもう組んずほぐれず。

 鍛え上げた技術もへったくれもなく、ただ幼稚に罵り合い取っ組み合う。

 巻き込まれ傾いたテーブルから菓子用のハチミツポットが倒れ、容赦なくふたりにまとわりつく。

 相手の自由を奪う術が染みついているからか、技術を行使せずとも熱帯妖精のマウントを取る忍び。

 そのまま抑え込もうとするがぬめりで上手く行かず、意図せずに手のひらがローカルアーマーのトップス内側へと潜り込み、豊かな双丘に直接触れてしまう。

「――なんなんだ、この肉の塊は? 羞じらいもなく見せびらかして、この露出魔!」

 手のひらに感じる質量ある弾力に、自分のそれを比べてしまったのか忍びの口からやっかみ交じりの罵声が飛ぶ。

「あ、はん♡ ――じゃないっ。どこに手ぇつっ込んでんだ、このムッツリ!」

 一瞬忍びから与えられた快感に惚けたが熱帯妖精も負けてはいない。忍びよりも長い手足を使って態勢を替えようと試みる。

 忍びを引きはがさんと背中に回された熱帯妖精の指先がひも状の何かに触れ、反射的にそれを引き抜く。

 と、一瞬にして忍びのまとった柿色の装束が解かれ、彼女の裸体があらわに。

 なるほど "空蝉うつせみの術" とはこういう仕組みだったのか!

 ふたりの露出した肌の面積がほぼ同等に。

 日常的に肌をさらし陽に灼けた健康的で豊満な熱帯妖精の姿態と、露出を抑え陽にさらされないため白さの際立つ忍びの成長途上の身体が、真昼の太陽に照らされ裸体に絡んだハチミツによって淡い黄金色に輝く。

 半裸でハチミツまみれになって組み合ううら若き乙女たちのまわりには、いつの間にか野次馬の輪が出来上がっていた。

 真昼間、突如往来で始まったハニーグラップル。降ってわいた娯楽に盛り上がるギャラリーたち。

 やんややんやの歓声と無責任な煽りが響く。


「申し訳ありません、弁償はあのふたりがしますので」

 いつの間にかテーブルから離れていた女魔法使いが、酒場の窓から騒ぎを見つめ唖然とする店主らしき人物に話しかけていた。

 ぬめる液体にまみれながらもつれ合うふたりの姿に、店主の頭の中で新しいビジネスの萌芽があったのだが、女魔法使いの知るところではない。

 手に持ったカップの中身を一口すすって取っ組み合うふたりを眺め、好まし気に目を細める女魔法使い。

 経緯はどうであれ、これで腹を割って話せる仲になるだろう。

 特に忍び。堅物の彼女にとって良き変化になればよし。

 じきに衛視がやって来て、この乱痴気騒ぎを収めるだろう。

 ――それまで仲良くケンカしなさいな。

 すっかり香りの抜けた香草茶を口にしながら、女魔法使いは優しく微笑んだ。

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