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阿久千徒

第1話 天国と地獄

空がすっかり色を落とし、夜の20時を過ぎる頃、一人の女性が廃びれた建物のドアを勢いよく開け飛び出す

そこはどうやら音楽の道を夢見る人間が集う音楽スタジオだった。

建物の看板の文字は一部崩れており、元々の名前は今ではもう分からなくなっていた。


先ほどドアを開き、勢いよく飛び出した女性は暫く何も考えずに走った後、少しずつ速度を落としていき

そして誰も車を止めていない忘れ去られたような有料駐車場前で足を止める。


「どうしよう……勢い余ってバンド辞めるなんて言って飛び出して来ちゃった……」

あんなに上手くいっていたバンドメンバーとのいざこざに耐え切れなかった。

それが男女の関係が問題なら、なおさら


「せっかく大学入って長く続いてたサークルだったのになぁ……」

先ほどの女性、藤宮智秋ふじみやちあきは肩を落とし地面を見つめる

ボーカルとギターの男女関係に耐えきれなかった。

スタジオは練習するところであって痴話喧嘩をするところじゃない

最初はなんとか止めたりしていたが、こちらにだって我慢の限界があるし、毎度毎度やってられない


「はぁ……私悪い所あったかなぁ……」

智秋は大きなため息を付いて肩を落とした後、ポケットからスマートフォンを取り出す

顔認証で電源が入る今時の物で、智秋に反応したスマートフォンはゆっくりと画面を明るくさせる。

時間を確認してあれから30分も経っていたことに少し驚く

時刻の後ろにあるバンドメンバーの集合写真が少し心をチクチクさせる


「……とりあえず駅まで歩こ」

ここでずっとウロウロしていても余計に悲しくなるだけなので、とりあえず帰宅しようとする智秋

スマートフォンをタップし地図アプリを起動させ、音声案内と二人で帰路につく


「あーあ、新しい曲も書いてたのに……勿体無いなぁ」

新しく書き下ろした曲は青春を駆け抜けるような疾走感が強い楽曲だった。


「でもあんなドロ沼状態でこんな曲歌えないよ……」

智秋はまた深い溜め息を吐く

サークルに入った頃は楽しさが勝っていて面白さしか見えていなかったが、最近はバンド活動という活動はほとんどしておらず

智秋自身、何一つ『面白い』と思えるような物は無かった


そんなことを考えながら歩いていると唐突に後ろから声をかけられる


「ちょいとそこの髪の長いお姉さんー?」


キャッチか何かかと思ったが声が女性だったので思わず振り返ってしまう智秋

そこにはアシンメトリーなショートカットが特徴的な少し柄の悪そうな少女が立っていた。

学生服っぽい物の上から奇抜なパーカーを羽織っていて、有線イヤホンの片方だけを耳に取り付けていた。

それに凄いミニスカートで耳にもピアスが……数えるのが嫌になるくらい付いていて智秋とは少し住んでる世界が違うような人種だった。


「……はい?えっと……私?」

不安そうに答える智秋


「これ落としたよー?」

女の子はパーカーのポケットに左手を入れ、右手には紙が持たれている。


「え?……あっ!」


女の子がこちらに差し出した紙をよく見てみる。

そしてその紙が自分が作詞したルーズリーフだったということに気づく

さっき耐えきれなくなって出ていく際、ベースを入れているバッグに急いで色々詰め込んで後先考えず出て行ってしまったので走ってる間に

その一部が落ちてしまったんだろう。

智秋は慌てて自分が背負っていたベースのバッグを確認する

……案の定チャックが開いていて紙どころかイヤホンも逃げ出そうとしていた。


「あちゃー……」

自分がどれだけ頭に血が上っていたかを物語っているようにベースのバッグを見つつ落ち込む智秋


(普段ならあんな行動取らないのに柄にもないことするから……)

心の中で葛藤をする。

しかし結果は変わらずこの女の子が拾ってくれていなかったら作詞したルーズリーフは今頃タイヤの跡を残し道端でなんの変哲もないゴミになり果てていたことだろう。

後悔の念に駆られていると先ほどの女の子が少し呆れたような表情をした後また話しかけてきた


「お姉さーん?これいらないのー?」

手に持ったルーズリーフをひらひらさせながらこちらに歩いてくる女の子


「あっ!ご、ごめんなさい!」

流石に拾ってもらってお礼も言えないなんて恥ずかしい

智秋は一度頭を下げ、女の子の元へ早歩きで駆け寄る


「はい♪気づかなくて踏んじゃったけど多分大丈夫っ!」

女の子は笑顔で智秋が作詞した紙を渡してくれる。

渡された紙には少し足跡が残っていた。


「ありがとうございます、拾ってくれてなかったら今頃どうなってたか……」

智秋は女の子に頭を下げ、作詞されたルーズリーフを受け取る。

大事そうに眺め、無事であることを確認しホッと一安心する


「……ところでさ?」

女の子が続けて話す


「え?」

思ってもみなかった言葉が返ってきたので、女の子の方へ振り返る


「お姉さんってバンドマンってやつでしょ?ギター持ってるし」

女の子は智秋の背負っているベースを指さして嬉しそうに笑う


「え?あぁ……そんな感じかな?私のこれはベースだけど……」

智秋は少し困惑しながら背負っていたベースを少し女の子に向けてやる

すると笑顔だった少女はさらに表情を明るくさせ


「やっぱり!!ギター!」

女の子は目を輝かせ自分両手を握り締める。

あまり楽器には詳しくないのかギターとベースの区別が付いていなさそうであったが

智秋は特に言い直すことはせず、少し女の子に向かって笑みを溢す。


「えっと、そんなに珍しい……かな?」

智秋は照れるように人差し指で頬をかく、少し憧れでも持たれてるような気がして嬉しい気持ちになる。

続くように女の子は目を輝かせ興奮した声で話す


「じゃあお姉さん!私にギター教えてよ!!」


「……えっ?」

思っても見なかった言葉に智秋は固まってしまう。


(教える?私が?……ん?)


この女の子は何を言っているんだろうか

思考と空間がフリーズしていた。




これが私たちの最初の出会い。

少し時間が止まっているような感覚だったことは今でも覚えている。


このなんの変哲もないこの道端で私はこの女の子、岩沢雫いわさわしずくと出会った。

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