初デートに漫才劇場

信仙夜祭

初デートに漫才劇場

 今俺は、初デートに臨んでいる。

 待ち合わせ時間まで後五分……。

 結構緊張している。


 出来立ての彼女から、『デートしたい』と言われて、友人に相談した結果、『自分の趣味で行け』とアドバイスを貰った。

 関西人である俺は、月一で漫才劇場に通っている。ただし、芸人になりたいとは思っていない。

 他人を楽しませたい……、笑わせたい……、それだけだ。

 そして、俺の彼女は関東からの転校生だ。

 関西の文化をレクチャーするためにも、見て貰いたいと思う。


 俺は、自信満々で劇場の前で待っていた。


「待ち合わせ時間の一時間前は早すぎたかな?」


 逸る気持ちを抑える。

 自分の趣味というか、得意分野を彼女に教えられるんだ。これ以上の楽しみもない。


 そして、彼女は自他共に認める美少女だった。

 俺は、とにかくボケて彼女を落とした。まあ、『お試し期間』とか言う制約もあるが……。手を握るまでしか許して貰えない。

 それでも、俺は幸せを感じている。そしてソロの友人はひがんでいる。

 優越感を与えてくれる、親友だ。生涯の友になりえるだろう。

 そんなことを考えていると、袖を引っ張られた。


「……待った?」


「全然、今来てんところやで。……今日はオシャレしとんな、綺麗やで」


「もう~、やだ~」


 待ちきれなくて、一時間前に来たことは言えない。警備員は、呆れた視線を俺に向けて来たが、無視だ。

 テンプレの会話をして、挨拶を済ます。

 顔を赤くした彼女は、何時もよりも可愛く見える。


「それじゃあ、劇場に行こか」


「うん。期待してるね」


 こうして、劇場へ入場した。





 重い沈黙……。


「おもろなかった?」


「ごめん……、全然分からなかった。……帰るね」


 そう言って、彼女は一人で帰ってしまった。

 見限られた感じだ……。

 理由は単純だ。


 俺が一人で楽しんでいたのだけど、彼女は理解出来なかったからだ。

 しかし、ボケと突っ込みの解説も出来ない。

 せめて、事前に知識だけでも与えておくべきだった。

 彼女は、M-1グランプリやキングオブコントも見たことがなかったらしい。


「生きて来た世界が違うんだな……」


 全てが終わったような気がした。

 俺は放心状態で帰路につき、いつの間にか自分のベットで泣いていた。





 次の日の朝、何時もの待ち合わせの場所に向かった。一緒に登下校をしていたのだが、今日はいないと思う。

 あの、曲がり角の先に、彼女が先週までいたのだ。

 期待せずに進んだ。


「遅いよ! 遅刻するって!」


「え?」


 彼女がいた……。袖を引っ張って急ぐように促して来る。

 早歩きで通学路を進んで行く。


「昨日は、すまん……」


「……もう少し『お笑い芸能人』について教えてよ。まだ引っ越して来て間もないのを考えて欲しかったな」


 そう言って、彼女は『お笑い芸人の本』を俺に渡した。

 終わったと思ったけど、まだチャンスはありそうだ。『お試し期間』は、まだ有効みたいだ。


「まず、皆同じタイミングで笑ってたけど、そこから解説してね」


 顔を赤くして、目線を合わせようとしない彼女を、俺は本当に好きになっていた。

 顔やスタイルだけじゃなく、性格にも惚れ込んでしまった。

 それからというもの、手を繋ぐだけでドキドキしてしまった。

 彼女から『顔が赤いよ?』と言われて、慌てて顔を背けてしまう。

 もう彼女といると、俺には余裕などなかった。

 これが、恋という感覚なのだろうか……。


『別れたくないな。頑張らへんと……』


 そして、三ヵ月後、学園祭で漫才を披露する俺達がいた。

 俺も彼女も頑張ったのだ。



 観客は、笑ってくれている。

 彼女の突っ込みは、タイミングも関西弁も完璧だった。

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