俺の妹はあほ可愛い

朱ねこ

不注意な妹

 世界史の問題集を解き終え、丸つけをして、水色の分厚い教科書を片手に解答を見直す。


 俺は勉強机に備え付けられた椅子に座り、教科書と睨めっこをしている。

 ふと時計を見上げればもう二十三時で、焦ってしまう。


 大学受験生にとっての大事な夏休みは既に過ぎ、外は暑くもなく寒くもない丁度良い季節になった。

 模試の成績は思うようには上がらず、第一志望校に合格できるか分からない。今の勉強法が良いのか、悪いのかも判断はつかなかった。


 机の上に飾られるツインテールの美少女フィギュアを眺め、最近はアニメを見れていないことを思い出す。


「っし!」


 気合いを込めるために両頬を叩くと、ドアの向こうでドタバタと騒がしい足音がしてきた。


「お兄ちゃーん!! 差し入れ持ってきたよー!」

「わっ」


 勢いよく扉を開けた妹は、ずかずかと俺の部屋に入ってくる。妹は片手にクッキーの乗った皿を持っていて、部屋の中央にある丸いローテーブルに皿を置き、クッションを自身の尻に敷いて座る。

 妹は今夜も、差し入れを共に食べるつもりらしい。


「いつもノックしてから開けろって言ってるだろ」

「いいじゃんー。ほらほら、お兄ちゃんも座って座って!!」

「……はいはい」


 少し歳の離れた、五歳下の妹は俺に懐いているらしく、小さい頃からよく俺のそばに寄ってきて、一人で遊んだり、構ってほしそうにしていた。

 中学一年生になった今も変わらず、妹は俺に構ってくる。反抗期というものはないのだろうかと甚だ疑問だ。


 こんな時間におやつを食べるのは抵抗あるが、せっかく妹が焼いたクッキーだ。


「昨日みたいに砂糖と塩間違えてないよな?」

「ひどいなー。今日は、ママと作ったから大丈夫!」

「なら安心だなー」

「そんなしょっちゅう間違えないのに失礼しちゃうー」


 よく材料や工程を間違えて失敗してくるから先に聞いているんだ。注意不足な妹にはお菓子作りは向いてないんじゃないかと思う。

 頬を膨らます妹を無視して、クッキーを摘んで口の中に放る。

 さくさくと柔らかい、優しいバターの味が咥内に広がる。既製品よりも数倍美味しい。


「あ、そーだ。お兄ちゃん疲れてるでしょ?」


 妹がにんまりと得意げな笑みを浮かべた。


 そりゃ、パジャマに着替え終えてからずっと勉強をしていたんだ。

 脳は疲れ、甘いものを欲している。クッキーを口に運ぶ手は止まらない。


「疲れたけど何?」

「回復ローションもってきてあげたよ!」

「ローション!?」


 驚いて叫んだ俺に察して、妹が首を傾げた。


「あっ、ポーション?」

「そうだよ……」

「あちゃー、まちがえて覚えてた!」


 笑って誤魔化す妹に俺は苦笑する。

 恐らく俺の本棚からラノベを読んで、『回復ポーション』を『回復ローション』と記憶してしまったのだろう。


 それにしても、酷い間違えだ。


「ちゃんと覚えとけよ……」


 恥ずかしい妹に頭を抱えていると、小瓶を差し出された。


「はい、オロナミンC」

「ありが、ってこれ赤まむしドリンク!!」

「えっ? あー」


 妹は瓶の側面に書かれた文字を見て、意味のない声を出す。


「てへっ」


 空中に目を泳がせた妹は舌を出した。

 ぶりっ子だなと思いつつ、妹だから許してやろう。


「てへっじゃねぇ、これ父さんのだろ。文字見ろよ!」

「だってー、同じような瓶いっぱい並んでたらさー」

「だから、よく見ろって言ってんだよ」


 いくら同じ箇所にまとめて置いてあるからと言って、瓶の大きさも少々違うのに間違えるのだろうか。どんだけ不注意なんだと心の中で文句を言う。


「むー、せっかく元気にしてあげようと思ったのに」

「言い方」


 むっつりとしたまま妹はクッキーを食べる。俺は赤まむしを手に部屋を出て、元の場所に戻し、冷蔵庫から取り出した緑茶を飲んでクッキーで乾いた喉を潤す。


 部屋に戻ると妹は座って俺のラノベを読んでいた。残りのクッキーは全部食べられてしまったようだ。

 太るぞと言いたくなったが我慢しておく。


 妹を放置して、俺はもう一度机に向かい、勉強を始めた。

 日付が変わり、半刻。

 後ろから寝息が聞こえてくる。


 振り向いて見ると、妹は俺のベッドを占領していて、すっかり夢の中だった。


 妹が俺を心配してくれているのはわかる。以前より、構わなくなったから寂しがっているのだろう。だから、お菓子を作るようになったんだと思う。


 今夜は床で寝るかなと考えつつ、寝相のせいで腰まで下がっている布団を妹の肩まで温まるようかけ直しておく。


 「おにぃ、ちゃん……」


 よだれを垂らして、間抜けな面で兄を呼ぶ妹はまだまだ子供のようだ。

 可愛らしくて、つい笑ってしまった。


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