こっちを見てる

夕闇 夜桜

こっちを見てる


 何かが、こっちを見ている。


「……」

「……」

「……」

「……」


 黄色と白の身体に、黒の模様。

 間違いなく、虎である。

 今年の干支である。


「つか、『干支』って何だよ」


 思わずそう呟く。


 とある世界の、とある場所。

 そこにあるのが、表向きは孤児院、裏では暗殺者などを育成する組織の隠れ家の一角である。

 まあ、それがたとえ表向きだろうが裏向きだろうが、そんなものは『年末年始』という一大イベントの前では影も薄くなるというもので。

 今でも、ここで育った子供たちがきゃっきゃと騒ぎながら、孤児院内を走り回っていたり、職員さんたちの注意する声などがいくつか聞こえてくる。


 ――まあ、そんなことはさておき。


「……」

「……」

「……」

「……」


 特に何かするでもなく、虎はじっとこっちを見ている。

 ただ、見ているだけである。

 あ、あくびした。


「……何なんだ、一体」


 周囲の人間たちに見えているのかは分からないが、こちらに危害を加えないのであれば、問題ないとでも思っているのだろう。

 つまり、様子見である。


「……」


 けど、何だ。むっちゃ見てくる。

 俺が少し動けば、それを追うように虎の目が動く。

 もしかしたら、俺に見えているのが分かっているのかもしれない。


「……少し長く見すぎたか」


 ここから動きたい。

 やらないといけないことを、やりに行きたい。

 でも、俺がこの場から離れたあと、どうなるか予想できない。

 もし、誰かが襲われでもしたら、俺が責任を負わないといけないかもしれない。


「俺、いろいろとやらないといけないし、一旦ここ離れるからな」


 だから、何もするなよ――そんな意味も込めて、そう告げ、その場を離れる。

 だから、虎が何を思ったり、考えたりしていたのかは、俺には分からない。





『……何かじっと見られていたけど、何だったんだ。あれ』


 虎はぼんやりとしながらも、最後にそう呟いた。


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こっちを見てる 夕闇 夜桜 @11011700

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