風邪で会社を休んだときの話

下之森茂

風邪で会社を休んだときの話

風邪で会社を休んだときの話


風邪で会社を休むと連絡を入れたら、

上司に小一時間ほど叱責を受けた


通話音量をハンドジェスチャーで下げ、

ひととおりの謝罪と説教に対する

気だるい返事を混ぜてやり過ごした


風邪をひいた人間が会社に行ったところで

なにができるわけでもないのに…


――――――――――――――――――――


「こんな時期に休むとはなにごとだ。」

とはまあ繁忙期なので当然のお叱り


しかし前夜に酒席に付き合わされ、

しこたま飲まされたとこまでは覚えている


気づけば頭に酒を浴びせられて、

酔いつぶれた私は上司に放置され

施設の警備ロボットに通報された


体調を崩して当然だ。

人間なので仕方がない


――――――――――――――――――――


体調不良の人間が

会社に出向いたところで

やれることといえばひとつのみ


風邪を他人に伝染させないことだ


書類に判を押す程度ならば

上司ひとり居ればこと足りる


きっと上司は

私が居なくて寂しいのだろう

と心中を勝手に察する


――――――――――――――――――――


ウチの会社は工業製品を取り扱っている

下町の工場を想像してくれていい


納品する大事な製品のために、

前日のアルコールを残さないよう

毎月注意喚起が行われている


とはいえ上司は酒に強いのが自慢で

そんなことを気にもせず

酒が飲める私を強制連行したのである


――――――――――――――――――――


競合他社はすでに全自動化を導入していて

生産数や品質評価は追い抜かれてしまった


にも関わらず、上司ときたら

やらた手作業にこだわりを持ち続け

ぬくもりなるものをある種、信仰している


工業製品にぬくもりは必要ない


――――――――――――――――――――


そもそもだ。


私ひとりが会社を休んだところで

業務に支障をきたすようであれば、

それは会社の基盤に問題があるだろう


少子高齢化と万年人手不足の業界だったが、

自動化導入以降は上手く回っている


このように業務中でも上司が小一時間も

説教を垂れながす余裕もある


――――――――――――――――――――


後輩の私をよほど気に入っているのか

それとも単にストレスのはけ口にしてるのか


そんなに会社がイヤなら

辞めてくれてもいいのだが、

上司には肩身の狭い家庭がある


決してよい家族関係ではないようで、

よく私にグチをこぼしている

しかし同情の余地はない


――――――――――――――――――――


上司の言動はまるで、

牧羊犬に逆らうヒツジが

牧柵を壊そうとしている姿にも見える


牧柵を壊せば牧羊犬よりも恐ろしい

オオカミに襲われるのが想像につく


上司の行動は矛盾だらけだ


だから反面教師、もとい反面上司として

後進の育成に役立つ

かもしれない


――――――――――――――――――――


私は上司を嫌ってはいないが、

時代錯誤の象徴のような人物で

社内では当然ながら孤立している


新しいものを受け入れられず

過去に自分が正しいと思ったものを

否定されたくないのだろう


将来あぁはなりたくないとは

彼を毛嫌いする同僚の誰かが言っていた


――――――――――――――――――――


私たちが暮らす時代はとても豊かだ


あらゆる製品の自動化が進み

機械が勝手に掃除をして

機械が予定どおりに洗濯を済ませる


機械についたカメラに向けて

ハンドジェスチャーで指示するだけで

もうスイッチに触れる必要もなくなった


だが上司とは過ごした時代が大きく異なる


――――――――――――――――――――


「いまや会社は学校の延長だ。」


狭い社会であると同時に

人間関係を構築する場だ


それぞれに立場があり

主従を決めることで

命令系統が成り立つ


これは上司の考えで、

私はそれに同意したので

気に入られたらしい


私はハンドジェスチャーで通話を切って

古いゲーム機のスイッチに触れた


――――――――――――――――――――


風邪といつわり会社を休み、

今日はいちにち古いゲームにふける


上司を時代錯誤と呼ぶのなら

私も時代錯誤に違いない


いまは繁忙期だが、

私たち人間が会社に行ったところで

やることは無いに等しい


工業製品をつくる私の会社では

機械人形があらゆる業務をこなす


――――――――――――――――――――


会社の人間である私たちは、

機械人形の行動に印鑑を押すだけになった。

ぬくもりを込めて…


社会は機械人形であふれ、

私たちは今日もヒツジのように生きている


人間はもう、かれら無しに

生きていけないのだから――

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