人生はコメディだ

出っぱなし

お笑い草な出会い

 事実は小説よりも奇なり、という言葉がある。


 僕はこれまでの人生、様々なことをして、様々な土地を渡り歩いてきた。

 そのため、この言葉には実感を持って正しいと言える。

 その中でも、今でもお笑いネタに使うエピソードがある。

 拙作『神の血に溺れる』以前の話をしようと思う。

 

 僕は新卒で就職した会社が見事に黒い企業だったこともあり、何かがキレて辞めた。

 その後、放浪の旅に出たわけだが、オーストラリアに飛んだ時のことだ。

 

 『神の血に溺れる』のオーストラリア編よりも昔の話で、オーストラリアはこの時が初めてのことだった。

 この時に下手なコメディよりも面白い出会いがあった。


 オーストラリア入国時の手持ちの金が10万円を切っていたので、僕は入国したその足で仕事を探しに農業地帯へと出稼ぎに出かけた。

 しかし、僕にビギナーズラックというものはなく、あえなく玉砕、その日暮らしも厳しい状況だった。

 ニンニクと唐辛子以外何もないペペロンチーノや具のない炊き込みご飯で空腹を満たす日々も多かった。


 何やかんや色々とあり、やっと稼げる仕事にありつけ、流れるように西オーストラリア州の僻地カナーボンという田舎町にたどり着いた。


 この時の僕はどうなるのか分からなかった、運良く安定的に稼げる仕事にありつけた。

 ブドウの剪定の手伝いだ。


 『神の血に溺れる』を読んだことがあれば、ここでワインに出会ったのか、と思うだろうが実際には生食用ブドウの仕事だ。

 この当時の僕はワインに興味はなかったので生活できればそれで良かったのだ。


 そうして仕事が始まり一週間、その日は僕一人で仕事をしていた。

 農場のボス親子が剪定した枝を引っこ抜くだけという仕事で、体力があれば誰でもできるという仕事だった。


 黙々と仕事をしていると、畑の反対側から何者かが同じ動作をしながら近づいてきた。

 始めは遠くでわからなかった。

 端から端まで何百メートルもあるので見えなくて当然だ。


 お互いに少しずつ近づいてきて、ようやく姿がはっきりと見えてきた。

 どうやら、アジア人のようだ。


Where are you from?出身どこ?

 

 と、どちらからともなく話しかけ、Japanだというとお互いに日本人だよ、と答えた。


 お互いに日本人に見えなくて少し話をした。

 そして、彼はこう言った。


「す、すいません、み、水ください」


 今にも干乾びそうな顔をしていたのだ。 

 突然ここに連れてこられて準備を何もしていなかったそうだ。


 オーストラリアの農場は基本的に周囲には農場以外に何もない。

 水分を補給する場所も当然ないのだ。

 しかも、オーストラリアは晩秋とはいえ、昼間は30度近くになる。

 熱中症は簡単になる環境なのだ。

 僕は彼に水を分け与えると命の恩人のように感謝された。


 そのようにして一日の終わりまで仕事をして、安宿まで帰っていった。


 その後、仕事以外では会うことも無いだろうと思っていたら、安宿の同じ大部屋、しかも二段ベッドの上下だった。

 まさか24時間共に過ごす事になったのだ。


 さらにその後から現在まで10年以上続く親友同士の間柄になるとは思わなかった。

 この時に生活に余裕が出て、僕はワインを飲むようになったのだ。

 その後、『神の血に溺れる』の日々が始まるとも思わず。


 海外を放浪する者同士、このような話もした。


「家から出ないやつを引きこもりっていうけど、家に帰らないやつを何ていうんだろうな?」

「……ああ……出っぱなしじゃね?」


 こうして、僕は現在『出っぱなし』と名乗っている。


 彼とは実に様々なことがあった。


 キャンプに出かければ台風が直撃、石垣島に出かけば嵐に見舞われた。

 『神の血に溺れる』第二部のプロローグで少し触れたが、ニュージーランド到着時に共に野宿をしたのも彼だ。

 お互いにコメディ以上の経験を現在も笑い話にしている。


 事実は小説よりも奇なり


 そんなお笑い話を共に経験した友がいる。

 僕はこう思う。


 僕の人生はコメディでは無いだろうか?

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