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「私は咲良さくらの姉の冬花とうかです。知りたいですか、咲良の事。他人であるあなたにその覚悟はあるんですか。逃げ出すなら今のうちですよ」

 僕を睨みつけたまま冬花さんはそう言った。

「もう、烏丸からすまさんに何て事を言うの。ごめんなさいね。この子ったら」

 節子せつこさんは申し訳なさそうにしている。

「冬花さん。咲良さんにとって僕は唯一の友人であり、僕にとって彼女は何にも代えがたい友人です。先日、僕はゆえあって彼女を怒らせてしまいました。今日きちんと謝罪をした上で、これからも手紙を通じてたくさんの話をしていきたいんです。きっと病気だってよくなります。ですから、彼女が今どこにいるのか教えてください」

 そう言って頭を下げる。しばらくして様子を窺うと二人はただただすすり泣いていた。その反応からひどく悪い予感がして、噛み締めた唇からは血の味がした。たとえそうなのであっても一縷いちるの望みを捨てる訳にはいかない。探してきますとだけ言い残し居間を出ようとした。

「いないの」

 冬花さんから弱々しく言葉が漏れ出る。僕にはそれがはっきりと聞こえていた。もはや悪足掻きに他ならない。けれども僕は彼女に問いただした。

「咲良は二階で寝ていますよ」

 その言葉以外、耳に入れてしまいたくはない。しかしながら、冬花さんが動かす口の動きと何一つ合致する事はなかった。

「咲良はもう、どこにもいないんです」

 ざあざあと、ふと窓の外を見れば雨は激しさを増している。雨音を掻き消すように冬花さんと節子さんは声をあげて泣き崩れた。その光景に全身から力が抜け落ちていき、僕はその場で膝をついた。世界から音が消えてしまったようにただぼうっとして、拳を握る事すらも叶わない。それからどれほどの時間が経ったのだろう。気付けば二人は僕を見守るように側に居てくれた。雨が小降りになってきた頃、冬花さんは僕に語りかけるように言葉を口にしだした。


「いつも、あなたからの手紙を嬉しそうに話してくれていたんです。咲良にとってあなたは家族より大切な人だったんでしょう。本音を言えば、なぜ最後まで側にいた私達ではないのかという気持ちが日に日に大きくなって、あなたへの憎しみが膨らんでいきました。でもそれは筋違いなんだと、あなたの言葉を聞いてようやく理解ができました。大好きなあの子を思えばこそ、これから言う事は他でもない烏丸さんにお願いしたいんです」


 桜の満開予想が出始めた三月下旬。僕は再び訪れた神埼家を後にして、あの河川敷へと向かう。手には受け取った弁当箱と水筒の包みが揺れる。

 川辺には桜の木が立ち並んでいる。それらを見に来たのだろう人達が楽しげに思い思いの時を過ごす中、僕は人気の少ない場所を選んで桜の木の下に腰掛けた。そうして上着の胸ポケットから一枚の紙を取り出し広げる。


『桜の咲く頃、まだ私が生きていたらお花見をしましょう。痩せこけたこのような姿を晒すのは忍びないのですけれど、わたし、どうしてもあなたに一目会いたいと強く願うようになってしまいました。なんて恥知らずで馬鹿な女だと笑ってくださいますか。それでも、もし叶うのであればその時は手紙の続きを、わたしのまだ知らない話を時間の許す限り聞かせてくださいね。ちなみに、この窓から見える空はそちらへも、果てはあらゆる方向へとどこまでも繋がっているそうですよ。夜眠る前の、目を閉じるまでの間だけで構わない。あなたの居る空のもとへ行きたい。烏丸さんも同じ気持ちでいてくださいますでしょうか』


 冬花さんが机の中で見つけた、けして届く事のなかった最期の手紙を読み返す。それは壮絶な闘病生活を思い起こさせるように、あれほど綺麗だった筆記は乱れに乱れていた。その先に続いている彼女の言葉を僕は今日も手繰り寄せる事ができない。

 水筒の蓋と中蓋を並べるように置き中身を注ぐ。僕は弁当箱を開けて、ほんのり塩気のあるおにぎりと甘い味付けの卵焼き、うさぎ飾りのりんごをそれぞれ半分に分けるとひたすらに頬張った。

 その最中さなか両親の顔や、彼女にすぐに会いに行かなかった後悔が浮かんでは消えてを繰り返した。彼女の無念を思えば思うほど、視界は滲んでいき鼻から上手く呼吸ができない。口じゅうの塩味が増していき、何を食べても飲んでも塩辛く感じた。そうして何時間が経っただろう。僕は何をするでもなく、桜の木に背中を預け川の流れをじっと見つめていた。

 あの日ここで偶然拾った空き瓶をポケットから取り出そうとする。もう寒くなどないはずなのに手はわなわなと震えた。僕は突き動かされるままに立ち上がり、戸惑いながらも生まれて初めての大声をあげて、それを力一杯川へと投げ入れようとした。けれども、その手はすんでのところで止まった。まったく僕らしくもない。我に返ると寮へと戻るべく川に背を向けて歩き出した。


 ふと、声が聞こえたような気がした。振り返ればそれは風のだったのだろう。あの空を、地面を何度見渡しても何の気配もなかった。風に吹かれて舞い散る桜の花びらを視界に捉えながら、僕は弁当箱を痛いくらいに強く握り締めた。どうやら花はちょうど川へと落ちたようだ。

 見渡す限りの快晴の下、暖かな心地のよい風がやさしく流れている。まだ見ぬその姿へ、僕も同じ気持ちであると一言伝える事ができたのなら。君は何と返事をするだろう。

 揺れる水面みなもには真っ赤な夕日が反射して、キラキラと、キラキラと遠くを流れる桜の花が輝いているように見えた。

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手紙 ひなみ @hinami_yut

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