『ドロッセルマイヤーさんのなぞなぞ気分』ある日のボドゲ部(仮)の活動

くれは

『世界で一番』『かわいいもの、なーんだ?』

「ボドゲに大喜利おおぎり系ってジャンルがあってね」


 ボドゲ部(仮)カッコカリの仮の部室の第三資料室で、かどくんは突然そんなことを言い出した。言いながら、その大きなリュック──カホンバッグのチャックを開く。


「大喜利系?」

「そう、プレイヤーはお題に何かしら回答をして、お題に一番ぴったりな、あるいは面白い回答ができたら得点、みたいなゲームのこと。お笑い的というかウケ狙いというか、笑わせたら勝ちみたいなゲームが割と多いかな」

「ふうん」


 角くんの説明は、わたしにはなんだかぴんと来なかった。角くんはそんなわたしに気を悪くした様子もなく、いつも通りの機嫌の良い顔でカホンバッグの中から箱を取り出した。


「例えば、このゲーム」


 そう言って角くんがわたしに向かって差し出してきたのは、オレンジ色の箱だった。白い文字で『我流功夫極めロード』と書いてある。四隅には、何か武術的なポーズを取っているように見える黒いシルエット。


「これは『我流がりゅう功夫カンフーきわめロード』ってゲーム。漢字一文字が書かれてるカードを手元に集めて、そのカードを組み合わせて必殺技を作る。一番かっこいい必殺技を作った人に得点」

「必殺技?」

「そう、必殺技。少年漫画の戦闘シーンの見開き決めゴマで叫ぶやつみたいな」


 わたしはちょっと首を傾ける。そんなにたくさんの漫画を知ってるわけじゃないけど、最近アニメで見た作品では、確かに登場人物たちは技名らしきものを叫んでいた。

 それでふと、気付いたことがあった。慌ててその箱の文字が見えないように両手で隠すと、そのまま角くんの方に少し押し返す。

 わたしにはボードゲームの世界の中に入り込んでしまうという体質がある。そうなる条件はよくわからないけど、今までは箱を見ただけで入り込むこともあった。だから、箱を見ないように俯く。


「ひょっとしてなんだけど、作った必殺技って、言わないといけないとかだよね?」


 わたしの質問に、角くんは一瞬ためらうように間を置いた。それから、短い言葉が返ってくる。


「そう、だね」

「声を出さないといけないとか、台詞を言わないといけないとかは……その、しばらくは遊びたくないかな」


 以前に遊んだゲームのことを思い出して、その時の恥ずかしさも思い出す。そういうゲームだってきっと角くんが言うように楽しいんだろうし、声を出して盛り上がるような遊びがあるってことも、理解はできる。でも、わたしは楽しいよりも恥ずかしい方が勝ってしまう。その世界の中に入ってしまうと、余計にだ。

 角くんは持っていたその箱をカホンバッグの中に戻した。それから、小さな溜息が降ってくる。


「まあ、大須だいすさんは嫌だって言うかなって思ってたんだけど」

「わかっててなんで持ってきたの」

「んー」


 角くんはちらりとわたしを見てから、照れたように目を伏せた。


「大須さんと一緒にこのゲームを遊んだら、必殺技を出せる世界に入れるかもって気付いて……それでどうしても試したくなって」


 その頬がうっすらと赤い。そんな角くんに呆れた目を向けてしまったわたしを許して欲しい。




 代わりに、と言って角くんが出してきたのは、箱じゃなくて単語帳みたいなものだった。角くんの手のひらに乗る大きさの、分厚い単語帳。

 青い表紙に白と赤の文字で『ドロッセルマイヤーさんのなぞなぞ気分』と書かれている。


「これは?」

「ページをめくるだけで遊べるゲーム。ページの前半は上の句、後半は下の句になってるんだ。それで、上の句と下の句をばらばらにめくって、出てきたなぞなぞに答える」

「なぞなぞなの?」

「そう。例えば」


 角くんはそう言って、ぱらぱらとページを指で弾いて適当なところを開いた。そこには『逢いたくて逢いたくて』と書かれていた。


「これが上の句。で、次は下の句」


 そう言ってまた適当なページを開く。今度は『文房具、なーんだ?』と書かれていた。


「『逢いたくて逢いたくて』『文房具、なーんだ?』っていうのが問題」

「え、逢いたい文房具ってこと? どういうこと?」

「それを考えるゲームだよ。大須さん、何か思い付いたことない?」

「そう言われても」


 逢いたい、逢えない、逢いにいく──そこまで考えて、一つ思い付いたものがあった。そっと角くんを見上げると、角くんはわたしの言葉を待つように首を傾ける。


「レターセット……っていうのは、どう?」

「どうしてそう思ったか聞いても良い?」


 角くんに聞かれて、そんなにあったわけでもない自信がますます小さくなってしまった。それでも角くんがわたしの言葉を待つので、小さな声で答える。


「手紙を送るって、手紙が逢いにいくってことかなって思って。だったら手紙は送り先の人に『逢いたい』って思ってるんじゃないかなって……思い付いたんだけど……」


 言いながら、なぞなぞっぽくないな、と自分で思ってしまった。なぞなぞの答えってもっとこう──うまく説明できないし、それってどういうこと、と聞かれても困るんだけど。

 角くんがふふっと笑う。その顔を見上げて、わたしは唇を尖らせた。


「答えはなんなの?」


 わたしの視線に、角くんは何度か瞬きをしてから、いつもみたいに穏やかに微笑んだ。


「このゲーム、本を開いて出てくるのはなぞなぞの問題だけで、答えはないんだよ」

「答えがない?」

「そう。その答えをみんなで考えるゲームってこと。その場のみんなが納得すれば、それが正解なんだ。大須さんの答え、俺は割と納得したよ」


 今度はわたしが瞬きをする番だった。角くんはまたふふっと笑って、目を細めた。


「俺とは違う視点だなって思っただけ」


 これは慰めてもらってる気がする。恥ずかしくなって、わたしは視線をうろうろさせた後に、また角くんを見上げた。


「角くんの答えは?」

「え、俺?」


 わたしが頷くと、角くんは斜め下辺りを見て、口元に手を当てて考え込んだ。三秒か、五秒か、そのくらい。角くんがその姿勢のまま口を開く。


「電動消しゴム」

「どういうこと?」


 わたしは首を傾ける。角くんは視線を持ち上げて、真っ直ぐにわたしを見た。妙に真面目な顔で、その言葉を口にする。


「『逢いたくて逢いたくて』……震えるから」


 不覚にも、わたしは吹き出してしまった。




 わたしと一緒になって笑っていた角くんだけど、落ち着いた頃にふと、首を傾けた。


「今日はゲームの世界に入ってないね、大須さん」

「え……あ」


 いつもだったら、遊ぶ前にはボードゲームの世界に入り込んでしまっているのに、今は第三資料室にいるままだった。


「どこが入り込むラインなんだろうな」


 角くんはそう言ってちょっと難しい顔で考え込んだけど、わたしの顔を見て、急にいつもの穏やかな表情になった。もしかしたら、わたしは不安そうな顔をしてしまってるのかもしれない。

 そのまま角くんが、わたしを安心させるように顔を覗き込んでくる。


「まあ、考えてわかるものじゃないし。今は遊ぼうか」


 角くんの言葉に頷いてしまって良いものか、わたしは迷う。そんなわたしの様子に、角くんは多分気付かない振りをしてくれた。何も言わずに指先でページを弾いて、次の問題を始めてしまう。


「次の問題は『お金持ちの』『お菓子って、なーんだ?』」


 わたしはなぞなぞの答えを考えようと思って、でも頭がうまく動かなくて、ぼんやりと角くんを見上げてしまう。

 わたしはずっとボードゲームの世界に入り込むのが怖かったから、自分の体質についてあまり考えたことがなかった。けど、角くんはわたしと遊びながら、わたしの体質について考えてくれているらしい。それで、今までわたしが知らなかった条件をいくつか見付けてしまった。

 もしかしたらこの先、わたしの体質の条件がわかって、そのままボードゲームの世界に入り込まなくなることだってあるのかもしれない。

 そうなった時に、角くんはどんな反応をするだろうか。ボードゲーム大好きな角くんが今こうやってわたしと一緒に遊んでいるのは、わたしにこの体質があるからかもしれない。

 それってもしわたしに体質がなければ──。


「お金持ちのお菓子って言ったら小判しか思い付かない」


 わたしのもやもやとした考え事は、角くんのその声でどこかにいってしまった。瞬きをして、ぼんやりしたまま角くんの言葉を繰り返す。


「小判ってお金の?」

「時代劇なんかで賄賂の小判を『こちら山吹色の菓子でございます』とか言って渡すから」

「えっと、ごめん、時代劇ってよくわからなくて」

「あー……」


 角くんは恥ずかしそうに大きな手で口元を覆った。


「そもそも知らないやつか」

「なんか、ごめん」

「大須さんは悪くないよ。でも俺は他に思い付かないから……何か思い付く?」

「え」


 お金持ち、お金……と呟きながら考える。お金持ちが食べるお菓子? それともお菓子がお金持ち? その瞬間、その名前がぱっと浮かんだ。


「あ、『栗きんとん』は?」


 角くんが少し眉を寄せて口の中で小さく「くりきんとん」と呟いた。わたしはその角くんの顔を見上げて言葉を続ける。


「『栗きんとん』は中に『きん』を持ってるからお金持ち」


 わたしの言葉に角くんは「あ」と声をあげて、それから笑い出した。


「めちゃくちゃ納得した。それもう正解だよ」


 正解、と言ってもらえたのが嬉しくて、わたしも笑う。

 角くんは笑いながらまたページをめくる。次の問題は『世界で一番』『かわいいもの、なーんだ?』だった。




 ボードゲームであれば割となんでも楽しんでしまう角くんとは違って、わたしはいつも楽しめるってわけじゃない。角くんは気を遣ってくれるけど、それでも恥ずかしかったり怖かったりすることはある。

 でも、これまで角くんと一緒に遊んだのは確かに楽しかったし、正直に言えばまた遊びたいとだって思っている。角くんをそっと見上げて、それはみんな角くんのせいかもって、ちょっとだけ考えた。

 角くんはとても真面目な顔をしていて、どうやらなぞなぞの答えを真剣に考えているみたいだった。


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