30.エピローグ

 



 青々とした葉桜が目に美しく茂る初夏の日。

 どこまでも広がる青空の下、歓声と共に震えるような笛の音が響いた。


 都に住む全ての民が熱狂した恋物語の主人公が、婚儀を挙げる。


 彼らは皇后候補の姫君と、姫に仕える武士だった。

 武士は姫への愛ゆえに、試練を前代未聞の成績で勝ち、自身の命を顧みずに姫を救った。

 憎からず武士を愛していた姫と、武士の深い愛。

 心を打たれた帝は、二人の仲を認めたという。


 花の儀から密かに人々の間で語られていた恋物語は、最高の結末を迎え都中の人間を泣かせたのだ。

 

 たくさんの視線に見守られて、婚儀はつつがなく進んでいく。



 名だたる高官たちがずらりと揃い、その中には伸びた背筋に威厳を孕む皇太后や、次期皇后に選ばれた青い瞳の美姫がいた。

 しかし、その中でとりわけ目を引いたのはーー当然のことながら、花嫁である。


 長い黒髪がさらりと揺れる。

 濃い睫毛に縁取られた瞳は濡れて艶めく黒曜石のようで、輝く雪の白肌に、薔薇色の頬と唇がいとけない。

 透き通る瞳は、知性が宿り、きらきらと生命力に満ち溢れて見る者全てを魅了する。


 淡紅色の十二単を身につけた花嫁は、噂に違わず花の女神の如き美しさを讃えていた。

 今日武家に嫁ぐ彼女は、武家の嫁入り道具である見事な懐剣を、そっと懐に忍ばせている。


 そんな彼女の側に控えるのは、皇后候補ーー桜花の宮に入ったばかりの頃から彼女を支えた年若き女官と、元は帝の乳母だという風格のある女官の二人だった。

 潤む瞳に誇らしさを讃え、彼女たちは花嫁を見つめている。


 そして花嫁を見つめるのは、花婿も同様だった。

 精悍な顔立ちの美しい花婿が、眩しそうに、幸福そうに愛しい女性を見つめている。


 その眼差しに、歓声が大きなうねりとなって青空に轟いた。

 もはや笛の音も聞こえない。


 年若き帝が、彼ら二人を祝福し認めようと、鷹揚に微笑んで見守っている。



 ◇


 時は流れて、数十年後。


 賢帝と呼ばれる時の帝は、出しきれなかった公家の腐敗を掃討した。

 彼は武家の棟梁と手を結び、伝統的な権威と武力を合わせ、和の国を繁栄させる。


 棟梁の横にはいつも、美しい妻が並んでいた。

 仲睦まじい二人の指には、珍しい銀の輪が、揃いで輝いていたという。




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花の雨の下、冠を捨てられたら 皐月めい @satsuki-meei

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