暴笑国家

すきま讚魚

お前の笑いが、誰かの苦痛のきっかけになってたまるかバカヤロウコノヤロウ

 この国のはじまり……つまり"今の"この国の成り立ちは十数年前、当時の国王が一人のコメディアンを殺害したことからはじまった。


 国王はこう言った。


「つまらぬ。笑えぬコメディアンなどに用はない。よし、この国の新しい決まりだ、笑うことこそが人を幸福にし、国家を強くする」


 国家に掲げられたスローガンは、すなわちこうだ。


【笑いのない一日、無駄な一日を失くせ】

【この国を、笑顔でいっぱいの国にしよう】


 人々は、泣くことも悲しむことも、怒ることも許されない。

 それが見つかれば、もう誰が泣こうが喚こうが特務機関に連れて行かれてしまう。もちろんその時に泣いたり反抗した者も全てだ。


 連れて行かれた彼らがその後どうなるのか……それは恐ろしくて誰も探ることすらできなかった。

 ただ……誰一人として、帰ってくるものはいなかったという。



 国王は笑いが好きらしい。


 国王が面白いといえば面白く、つまらないといえばつまらない。

 全ての笑いのトレンドは国王の采配次第。

 何人もの人気コメディアンが国王のお気に召さなかったと処刑されたが、反対に国王のおぼえめでたければ一生が保証されるほどの富を得られる。


 人々は躍起になって笑い、そして日々新しい笑いを模索した。

 熱湯、ワニ、毒蜘蛛、ドライアイス……あまりに過激なネタを画策していた者達の中には、その仕掛けで失敗し自ら命を落としてしまう者もいたという。


 笑えぬものは家から出ることもできず。

 一日中笑顔を浮かべられぬものは働きに行くことすらできなかった。


 打開策として、とある商人が売り始めたピエロのマスクは爆発的に売れていったという。そうしていつしか、この国の民の顔は、笑顔かピエロのマスクのどちらかになっていった。


 人々は笑った。例え道の端の石ころが転げたとて笑うようになった。

 殺されたくなくて笑った、笑えばなんとかなると思った。ひたすら笑った、そして笑う事こそ至高と考え、笑わなかった者を密告するようになったという。


 国王はご満悦であった。なにせ城下を見渡せば全ての国民が笑っているからだ。


 この政策が打ち出されてから年に一度、国中のコメディアン、またはコメディアン志望の者を集わせ、城で芸を披露し国王の審査のもとで最も素晴らしいコメディアンを決める祭典が行われている。

 その光景はありとあらゆる家に中継され、街の大画面でも放映されるという、国を挙げての一大イベントだ。


 さてそこに、今年はそれは美しい女性が参加していたという。


 どこからの推薦枠か、はたまた敗者復活枠なのか。

 気づけば名も知られぬ彼女は最終審査のその場に立っていた。


 


「私が、この国の民全てを溢れんばかりの笑いとスタンディングオベーションの中に陥れてみましょう!」


 彼女は声高々にこう宣言にしたという。


 王は期待と、そして突如として不可思議な嫉妬に襲われた。

 そこまで自信満々に言ってのける者など、この国に今まで存在しなかったからだ。


 その場にいる者全員の表情はとてもにこやかだが。

 しかし彼女のその表情は、不敵ともいえる力強い笑みだったのだ。


(……そこまで、笑える芸ができるというのか!!)


「さぁ! 今回の私の芸には、ぜひ国王陛下もご参加いただきたく。いや、これは貴方無しではなし得ないと言っても過言ではないほどの、素晴らしいものなのです。ぜひ貴方様のお力を借していただけぬでしょうか?」


 彼女はそう言って、国王に跪いた。


「ほう、ワシにそちらへ立てと申すのか?」

「ええ、陛下であれば勿論、最高の芸が何か。ご自身が一番わかっていらっしゃるはず。何故なら貴方こそ笑いの至高と呼ぶべき存在だからです」


 国王は満足げに笑った。


 ああ、いつぶりだろう。自分がそこへ立つのは・・・・・・・・・・——。





「本物の国王は私だ! 皆騙されている、この拘束を解くんだ!」


 唐突に、彼女は叫んだ。


「……は?」

「陛下、どうされたのです? もう芸は始まっていますよ?」

「ああ、なんだ、これは芸のフリか」


 呆気にとられた王に、彼女は微笑む。

 なんと、なんと美しい。それだけで国王は笑みをこぼした。


「ほら……陛下、続きを」

「あ、ああ」


 なんだか素晴らしく夢心地のような気がして、国王は彼女をそっと抱き寄せようとし——。


「ふん、何が王だニセモノめ。お前は一介のコメディアンに過ぎぬだろう……でしょう?」

「え?」


 かちゃり。


 彼女は国王の額に銃を突きつけ、そのまま言葉を続けた。


「つまらぬ。笑えぬコメディアンなどに用はない」

「あっ、待っ、待て……」



 それは、十数年前、自分が口にした言葉。


 自分と瓜二つであった本物の・・・国王を嵌めた、あの日の台詞——。


「機械的に強制された笑いよりも、今国民に必要なのは優しさだ。笑いを得るための知恵や賢さではなく、優しさ、思いやりが必要なのだ。貴方は、笑いを求める者でありながら、笑いというものを権力、暴力に変えてしまったのだ」

「待てっ、お前は一体」


 その引き金トリガーに、細い指がかけられる。


「腹違いの弟がいたことは、知らなかったようだね」

「おと、うと?」


 国王がその場にいる衛兵に視線で合図を送るが、皆呆けたように誰も彼女……いや、彼を攻撃しようとはしなかった。


「なんとまぁ、女のふりをしていればバレないかなって思ったんだけど、その必要もなかったみたい。なんて喜劇だ、僕の努力の舞台裏ヘアメイクはまさに滑稽そのものだったということだね」

「だ、誰かこいつを撃ち殺せ!!!」


 国王——いや、コメディアンは叫んだ。

 その顔いっぱいに、絶望の表情を貼り付けて。


「ああ、なんだっけこの国の法律。ああそっか」


 ——ズドン、と乾いた銃声が一発、響いた。


 ——笑わぬ者には、罰を。




 化粧を施した青年は、その場にいる皆へ、画面の向こうの全ての国民へ向けて、声高らかに宣言した。


「国民たちよ! 仮初めの王はたった今、息絶えた! 存分に泣け! 存分に怒れ! 皆は自由だ! どのような感情も、権力の元に支配されるべきではない! 笑いも、怒りも、悲しみも、全て等しく人の尊き感情なのだ!」



 その瞬間、恐怖に縛り付けられていた人々は。


 街角で、自宅で、王城で、そこら中で。

 歓喜の雄叫びをあげたという。



「……ほぅら、スタンディングオベーションだったろ?」



 その後、この話は実話を基にした喜劇として幾度も映画化され、数々の著名なコメディアンが恐怖の国王役に抜擢され、素晴らしい演技を披露したそうだ。


 そしてこの国は、真に笑顔の溢れる国になったという。

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暴笑国家 すきま讚魚 @Schwalbe343

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