冬への扉

洞貝 渉

冬への扉

 アンドロイドは困惑していた。

 試されている。

 それはわかった。


 アンドロイドは非常に優れた頭脳を持っていた。人間の脳ができる処理能力を優に10倍は超えていたし、身体能力だって優に20倍以上のものだった。

 その性能を確認するためのテストを受けに来た、とアンドロイドは聞いている。


 アンドロイドの足元には一本の長い棒。

 少し離れた場所に踏み台。

 そして頭上には天井からぶら下がったバナナ。


 ガラス越しに博士がアンドロイドを見ている。

 期待に満ちた目だ。

 博士の後ろには身なりのいい人間たちが、冷ややかな顔でアンドロイドに視線を注いでいる。


 アンドロイドは思考する。

 行動を間違えてはいけない。

 それは博士の名誉に関わるし、何より私の今後に影響する。


 しかし、アンドロイドは困惑していた。

 この状況、何を求められているのだろう?

 あの天井からぶら下がったバナナをどうにかすればいいのだろうか?


 身体的な性能テストなら道具を使うべきではないだろう。

 頭脳的な性能テストなら……冗談だろう?


「ハカセ……」

「ああ、大丈夫! お前ならできる! さあ、自信を持ってやってごらん?」

「ハカセ……ワタシハナニヲ……」

「ああ、ああ、わかっている。全てが順調だ。お前の大好物が目の前にぶら下がってるだろう? 食べたければ、食べていいんだぞ?」

「……」


 アンドロイドは困惑していた。

 博士の期待に満ちた……そして、後がない人間特有の血走った目がアンドロイドを凝視している。

 身なりのいい博士の出資者たちが、急かすように咳払いをした。

 部屋にある道具を駆使してバナナを取れ、ということでいいのだろうか。


 でも、なぜそんなことをする必要がある?

 バナナを食べるため、か?

 だが、アンドロイドには食事機能は搭載していないので、人間の食べ物を食べることはできない。


「……」

 アンドロイドは思案した。

 そして答えを導き出す。

 とりあえずあのバナナを取ろう、と。


 まずは踏み台を取り、バナナの下まで運ぶ。

 出資者たちがさっと目の色を変えた。

 

 それから棒を拾う。

 血走った目に鼻息の荒い博士を押しのけ、出資者たちがガラスの壁にへばりついた。


 そして踏み台に乗る。

 博士が天を仰いでヒャハハと勝利の雄たけびを上げた。


 しかし、アンドロイドが棒を使ってバナナを取る前に、踏み台が悲鳴を上げて壊れてしまう。

 出資者たちからの落胆のため息。

 博士はもはや泡を吹いて倒れている。


 壊れた踏み台と手にした棒を交互に見つめ、一瞬だけ思案したが、アンドロイドはすぐさま棒を捨て、跳躍した。

 人間の脚力ではおおよそ出ないジャンプ力を発揮し、バナナを取った。

 

 大はしゃぎする出資者たち。

 金じゃあ……大金が入るぞお……とぶつぶつ不審者のように呟き続ける博士。

 アンドロイドは困惑していた。

 試されている。

 それはわかった。


 やっぱりアンドロイドはバナナが好物なんだよ! と高らかによくわからないことを言い合い、きらきらと純朴な眼でアンドロイドを見る出資者たち。

 アンドロイドは思案して、バナナを食べるふりをする。

 歓声が上がる。



 ……アンドロイドは困惑していた。

 バナナを片手に、ぼんやりと眺める。

 猿のようにキイキイとうるさく喚き、顔を真っ赤にして興奮する生き物をガラス越しに、ぼんやりと。



 これだけの性能を持ってしても、人類の考えることを推し量るにはまだ足りないのか……。

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冬への扉 洞貝 渉 @horagai

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