幽霊はきっとスターになれる

清水らくは

幽霊はきっとスターになれる


「優勝は……10テンプレート!」

 司会者が叫ぶと、舟瀬は膝から崩れ落ちた。そして横にいたお菊は、戸惑ったような、嬉しいような、不思議な顔をしていた。

「舟瀬君、やったね!」

「はい、やりました!」

「あれ、お菊さんはうれしくない?」

「いえ、その……嬉しすぎてどうしたらいいのか……。あの本当に、死んでから一番うれしいです!」

 その言葉に、会場がどっと沸いた。

 こうして第22回コントコロシアムは、初めて人間と幽霊のコンビが優勝したのであった。



 舟瀬とお菊が出会ったのは、今から三年前である。コンビを解散して「地元おります芸人」となった舟瀬は、古民家を借りて住むことになった。そこで夜な夜な、庭の方から声がしてきたのである。

「一枚、二枚……」

「えっ」

 ちゃんと聞いてみると、何かを数える声である。そして、それはあまりにも有名なものだった。

「井戸、あったな……」

 恐る恐る井戸の方に近づいてみる。

「五枚、六枚……」

「お菊さん?」

「……えっ?」

「やっぱりそうでしょ。井戸で皿数えているか細い声! 有名なあれだ」

「あの、確かにお菊ですが……」

「ビンゴ!」

「怖くないのですか?」

「なんで? 何かわからなかったら怖いけど、幽霊で皿屋敷でお菊さんでしょ? 身許割れすぎてて全く怖くないよ」

「えー」

「なに、怖がらないとだめ?」

「まあその、幽霊的には……」

「なんか、思った以上に会話してくれてる! ひょっとして話せる口?」

「まあ、おしゃべりは好きですが……」

「良かった! 俺もコンビ別れて、知らない土地来ていきなり古民家住みましょ? 言われてさ。寂しかったんよね。いろいろ話そうよ」

「えー……九枚数えられたらとか思わないんですか?」

「数えられたらどうなるんだっけ? まあいいや、そん時はそん時でしょ」

「楽観的な人だ……」

 お菊はあきれていたが、内心悪い気はしなかった。ずっと一人で皿を数えていて、何の反応もなく寂しかったのである。

「幽霊おるなんて、話のネタとしては最高! ラッキー」

 舟瀬は井戸の前で小躍りをした。



「なあ、そろそろ姿見せてくれてもよくない?」

 一か月がたったころだった。二人は毎晩喋るようになっていた。しかしお菊は、ずっと井戸の中にいたのである。

「え、それは……」

「出てこられないのかな?」

「そんなことはないんですけど……」

「じゃあさ、一緒にこっちで話そうよ。今日は星がきれいよ」

「あの……恥ずかしいので……」

「俺とお菊さんの仲やん! わかった。俺は後ろ向いてるから。出てきてよ」

「ええと……はい……」

 全く音はしなかったが、少し冷たい風が吹いたように舟瀬は感じた。すぐ後ろに彼女が来たのだ、と確信した。

「ばあ!」

「きゃっ」

 舟瀬は突然振り向いて、両手を大きく広げた。お菊は驚いて腰を抜かしてしまった。

「あ、ごめん。そこまでびっくりすると思わなくて」

「ひどい人……」

 そこには、色白で切れ長の目の美女がいた。舟瀬は思わず息をのんだ。

「きれい」

「え」

「すごいきれいだ。」

「そんな。私、幽霊ですよ……」

「幽霊が何! この多様化の時代、老いも若いも、生きてるも死んでるも関係ない!」

「死んでるのはとても関係あると思うのですが……」

「お菊さん、これからはさ、楽しいこといっぱいしようよ」

「楽しいこと……」

「任せといて! 全部俺が手伝うから」

 こうしてお菊は、五百年におよぶ井戸生活をやめることになるのであった。



 舟瀬とお菊は、色々なところに行った。町に行き買い物や食事をし、電車に乗り、遊園地にも行った。新しい時代のものは、全てがお菊にとって驚きの対象だった。

 ただ。

「いろいろお世話になっていてなんなんですけど……」

「ん、何?」

 ある日、いつものように庭で話しているとき、お菊が切り出した。

「無理してますよね?」

「え、どういうこと?」

「私、現代のことをいろいろ学びました。あなたのこともわかってきました。明るくて、元気で、楽観的で、優しくて。あと、売れない芸人で」

「あちゃー、『売れない』までわかっちゃった?」

「私にその……お金をかけては……いけないです」

「そんなん気にしないでよ。俺はお菊さんに喜んでほしいだけなんだから」

「でも……あの、せめて私、働きます」

「えっ、でも自分、幽霊よ?」

「はい。けど、助けてもらうばかりでは、誇りが傷つきます」

「そういうもんかあ。……だったら、俺と一緒に仕事しよ」

「え?」

「だって自分、エピソードえぐいから、芸人やってけると思うのよ。意外と喋れるし」

「え? え?」

「社長に掛け合ってみるからさ。そうだ、俺とコンビになろ」

 舟瀬は、そう言うとお菊の手を握った。

「コンビって」

「二人で、お笑いのトップとるってことよ!」

「ど、どういうこと……」

 困惑しながらも押し切られ、こうして人間と幽霊のコンビ、10プレートが結成されたのである。



 二人は最初、とても話題になった。お菊さんと言えば幽霊界でも超有名人なのである。地元だけでなく、大阪や東京のテレビ局から呼ばれることもあった。しかし、それも最初の数か月だけであった。舟瀬は「エピソードえぐい」と思っていたが、逆にお菊さんのエピソードは有名すぎて、話してもあまり驚きを与えることができなかったのである。

 「幽霊あるある」的なネタを作ってみたものの、各番組を一周した後需要がなくなった。元々舟瀬がやっていた地元で唯一のレギュラー番組にお菊さんもねじ込んでもらったものの、気が付くと二人は「普通の売れないお笑いコンビ」になっていたのである。

「これはいけない」

 舟瀬は焦った。自分が誘った以上、何とかしてお菊さんにいい景色を見させてやりたかったのである。

「あの、私は今のままでも……」

「だめだ。お菊さんは、五百年分幸せになる権利がある」

 そう言うと、舟瀬はお菊さんの目を見つめた。

「そのためには、お菊さんにも協力してもらわないと。本気でてっぺん目指す芸人、やってくれるか?」

 あまりに真剣なまなざしに、お菊は透き通るような白い肌を赤く染めた。

「……はい」



 舟瀬自身、なぜそこまで頑張ろうとするのか理解できていなかった。ただ、お菊のためならできるだけのことをしてやらなくては、と思ってしまうのだ。

 二人は地元で仕事のない日になると、大阪に行きオーデションを受けたり、小さなお笑いのライブ会場に出させてもらったりした。

「あのさ、舟瀬君」

 ある日、先輩の一人が声をかけてきた。

「はい」

「さっきのネタ面白かったんだけどさ、舟瀬君が、優しすぎるんだよね」

「え?」

「舟瀬君は受け入れてるけどさ、お菊さんは幽霊なわけじゃん? お客さんはそこさ、気になるから。もうちょっと生かせないかな」

 舟瀬は黙り込んでしまった。どうすればいいのか、すぐにはわからなかった。

 ただ、その日以降少しずつ舟瀬は厳しさも出すようにして見た。

「人間生きてれば絶対夢はかなうから!」

「死んでます……」

「死んでも……多分かなうよ!」

「死んだら年金ももらえないんですよ!」

 やや受けだった。

 どうしたらいいのかわからない中、ある日の舞台で不思議なことが起こった。舟瀬がツッコミで頭を叩こうとしたとき、手がお菊をすり抜けてしまったのである。

「えっ」

「あっ……ゆ、幽霊ですからねっ」

「せこ!」

 あまりのことに観客は最初呆気に取られていたが、少しずつ笑いが起こった。これだ、と思った舟瀬は何回もツッコミを試みて、失敗した。

 こうして伝説のネタ「幽霊にツッコミたい」が生まれたのである。



 三年がたち、お菊さんは演技力もかなり身に着けてきた。10プレートはもはや、普通に実力のあるコンビとなっていたのである。

 そして、コントコロシアムの決勝に進出が決定。緊張からか、舟瀬は口数が少なくなっていた。

「あの……」

「ん、何?」

 ある日の楽屋で、お菊はまっすぐに舟瀬を見つめた。

「本当に、ありがとうございます」

「え、急にあらたまってどうしたの」

「こんなにいろいろな景色を見させてもらって」

「いいよいいよ、俺も楽しいんだから」

 舟瀬は、うっすらと笑った。本当は、お菊の手を握りしめたかったが、しなかった。



 優勝が決まった後、二人は多忙を極めた。様々な番組に出て、インタビューも受けた。地元の家に戻ってこられたのは、七日めの夜だった。

「いやあ、家って本当にいいね。実感する」

「そうですね」

 二人は縁側に腰かけた。

「やっぱり、田舎は星がきれいだ」

「本当に……」

 声が、低くかぼそかった。

「お菊さん?」

「ごめんなさい……私……うん。やっぱりちゃんと言わないと」

「なに」

「すごく楽しくて、五百年分楽しくて、私たぶん、消えます」

 舟瀬は唇をかみしめて、そのあと、歯茎を見せて笑った。

「成仏か!」

「はい……日に日に……近づいているのが分かって」

「自分の死期が分かるって言うけど、幽霊もそうなんだなあ」

「ごめんなさい」

「なんで謝るの。幽霊が成仏するのは、いいことでしょ」

 覚悟はしていたのだ。ツッコミがすり抜けた、あの日から。決勝戦の日まではせめて、と舟瀬は祈っていた。それはちょっとわがままでもあるな、と自虐しつつ。

「私……皿を数え続けているうちに、何を恨んでいるのかもわからなくなって。そうなると、恨みを消しようもなくて。私の声を聞いた人は、皆引っ越してしまいました。あなただけが残って、声をかけてくれて。本当に、嬉しかった」

「まあ、こんな面白いもの、見逃すわけないでしょ。俺、芸人だから」

 お菊は、涙を流しながら微笑んだ。

「一枚……二枚……三枚……」

「ん?」

 お菊は突然数え始めた。わけが分からず、舟瀬はただ見守っていた。

「これで、お四枚しまい

 お菊の体が透けていく。

「ちょっ、五枚から九枚どうするん?」

 肩に入れようとしたツッコミは、当然空振りになる。

 お菊の姿は、完全に消えてしまった。

「せめて……星になってくれ、お菊さん……」

 舟瀬は、しばらく空を見上げていた。涙が、こぼれ続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幽霊はきっとスターになれる 清水らくは @shimizurakuha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ