雪春と妖怪猫又虎吉の「幽世商店街お笑い一発ギャグコンテスト」 KAC20224

天雪桃那花(あまゆきもなか)

幽世商店街一発ギャグコンテスト

「雪春〜。お願いだニャン」

「やだよ〜。僕には出来ないよ〜」


 僕の足にまとわりつく、妖怪猫又の虎吉。

 虎吉は尻尾をふりふり、最大限の可愛い顔をして猫撫で声で、さっきから「お願いだニャ、お願いだニャン」と繰り返していた。


 僕が兄妹と住むおじいちゃん家は、妖怪も一緒に住んでいる。

 それから、おじいちゃんが切り盛りしているお店は『おにぎり定食屋甚五郎』には、あやかしや鬼や妖怪も食べに来るんだ。


 妖怪猫又の虎吉は、僕のおじいちゃんちにずっと前から住みついている。


「そんなこと言わずにニャ、一緒にチャレンジするニャン」

「えぇ〜。もう仕方ないなあ」


 結局、僕は虎吉に根負けして、あるコンテストに出ることになってしまった。


幽世かくりよの妖怪商店街のコンテスト本番は明日だからニャ。徹夜で頑張るニャンよ〜!」

「て、徹夜は無理」

「それからこの事はみんなに内緒だからニャ。サプライズにしたいのニャン」

「妖怪達相手の一発ギャグコンテストに出るだなんて、僕に出来るかな?」

「大丈夫ニャン! 雪春なら大丈夫ニャンよ。さあ、特訓するのニャン」


 こうして強引に虎吉に頼まれて、コンビを結成した僕は一発ギャグコンテストに出ることになり、夜通し練習に励んだ。

 ……一夜漬け、しかも虎吉はすぐに寝てしまったんだけど。


 こんなんで大丈夫〜?


    ◇◇


 やって来ました! 妖怪だらけの世界、ここは幽世。

 僕は幽世の妖怪商店街には、前にも虎吉に連れて来てもらったことがある。

 あちらにこちら。どこを向いても、妖怪妖怪、あやかしばっかり、人間の僕とは見た目もまとう空気も違う。

 僕はぜんぜん特殊能力もない、まったく普通の人間だ。


 幽世の妖怪商店街に建ち並ぶお店はどこもかしこも変わったお店で、可愛い九尾きつねや化けたぬきや火の鳥が売り子で出てる。


 ちょっと路地を裏路地に行くと、怪しげなお店も並んでいるらしい。

 決して裏路地には、絶対の絶対に行かないようにと、虎吉からは念を押されているから、僕はまだ行ったことがないけどね。

 まだって……いや、行きませんよ。だって怖い目になんか遭いたくないもの。

 そりゃあ興味や好奇心はあるけれど、今日の目的はコンテストなので、裏路地の話はまた今度。



 幽世の妖怪商店街の賑やかな通りを、後ろ足で器用に立つ虎吉に手をひかれながら歩く。

 やがて広場のコンテスト会場に着くと大勢の妖怪がひしめき合っていた。

 出会ったことのある妖怪の種族もいるけど、僕のまだ知らない妖怪もたくさんいる。


 にわかに緊張してきた。

 人間ではなく妖怪達でも、大勢の前に立つのって上がってパニックになってしまいそうだうよ。

 へんな汗、かいてきた〜。

 手汗に背中にじっとりと……。

 僕はふーっと深呼吸をした。


「レディース&ジェントルマン。妖怪の皆さま方、お待たせしました! 妖怪商店街一発ギャグコンテストの始まりです!」


 赤いスーツに金のきんきら蝶ネクタイを付けた一つ目小僧がマイクを握りしめて、舞台上で堂々と開幕を報せる。


「今大会は20組のチャレンジャーが参戦する予定でしたが、前回の優勝チーム『赤鬼青鬼ヘブンチーム』の参加表明で『めっちゃプリティー猫又虎吉と雪春ニャンチーム』との二組しか参加しないという、開始前から波乱の展開になりました」


 えぇっ!?

 どうゆうことっ!

 僕と虎吉だけ?


「望むところニャン。ライバルは赤鬼と青鬼だけニャンね」

「か、勝てるかな。優勝チームと一騎打ちだなんて……」

「大丈夫ニャン。オイラと雪春なら絶対に勝てるニャン! 優勝だニャンよ。雪春、自信もつニャン」


 自信たって。

 本当に勝てるのかな。


「それでは『赤鬼青鬼ヘブンチーム』の登場です! カモンッ! 赤鬼青鬼〜!」


 ドーンッ、ドーンッ。

 どしーん、どしーん。

 わぁぁぁぁぁっと歓声が上がる。

 司会進行の一つ目小僧に呼ばれて現れたのは、商店街の二階建てのお店より背の高い鬼の二人組だった。

 赤鬼青鬼のでっかい足がステージに上がると、……ステージが爆音を立てて壊れた。

 妖怪の観客たちは華麗に後ろに下がる。

 観客たちは心得ているのか騒動にならずに、変わらず声援をあげている。

 ……まさか前回のコンテストもこんな感じだったのかな。


「す、すっごい迫力なんだけど」


 こんな大きい鬼が二人もどこに身を隠していたのは気になるが、ここは幽世、どんな不思議なことが起こっても不思議じゃない。


「ふんっ、見かけだおしだニャン」

「いやいや……。他のチームが逃げ出すのも無理ないよ」


 もしあんなのに勝っちゃったら、恨まれそうじゃないか。

 名前も『赤鬼青鬼ヘブンチーム』って、怒らせたら天国ヘブンに送られちゃいそう。


 ドゥルルルルルルルルル……。

 鼓笛隊の太鼓の音楽ドラムロールが鳴って。

 ……ダダンッ!

 音楽が静まる。


 いよいよだ。

 『赤鬼青鬼ヘブンチーム』の一発ギャグってどんなギャグだろう?

 ドキドキドキ……。


「「鬼の〜!」」

「「おにぎりっ!!」」


 赤鬼青鬼が瞬時に巨大なおにぎりに大変身した。


 コンテスト会場は割れんばかりの笑いと大歓声に包まれた。


「……」

「あいつら、なかなかヤるニャンね」


 僕は笑いより迫力に圧倒されていた。


「続きまして〜。『めっちゃプリティー猫又虎吉と雪春ニャンチーム』の登場です。虎吉雪春、カモーンっ!」


 あぁ、どうしよう。

 次は僕らの番だ。

 僕と虎吉で考えた一発ギャグは、妖怪たちにウケるかな。

 不安になっていると、肩をポンポンとされた。

 僕より背の低い猫の姿の虎吉がぴょんぴょんと後ろ足でジャンプして、肩に優しく触れて慰めてくれてる。


「大丈夫ニャン。たくさん練習したニャンから。行こうニャ、雪春」


 ステージは壊れてしまったけどかろうじて立てるスペースがあって、僕と虎吉は平坦な床板を選んで立った。

 大勢の観客の視線が痛い。怖くさえある。

 ええーい、どうにでもなれえっ!!


 ドゥルルルルルルルルル……。

 盛り上げ役の鼓笛隊の太鼓の音楽ドラムロールが鳴っている。

 ……ダダンッ!

 音楽が静まる。

 静まる。


「「猫又ネコが〜!」」

「ネコろんだっ!」

「ニャンっ!」


 虎吉がステージの床板に寝転がる。

 一瞬、静寂が訪れた。

 あっ、すべったか……?


「「わははははははははははっ!」」


 会場は大爆笑の渦に巻き込まれていた。鳴り止まない歓声、声援、称える声まで聴こえる。


「……ふう〜。妖怪世界の笑いの沸点が低くて助かったよ」


 僕は嘆息した後、小声で呟いた。


   ◇◇


「優勝は〜! 『めっちゃプリティー猫又虎吉と雪春ニャンチーム』だあっ! おめでとう、優勝商品の温泉旅行券です」

「ありがとニャンッ! やったニャン」

「ありがとうございます」


 僕と虎吉の『めっちゃプリティー猫又虎吉と雪春ニャンチーム』は勝ったんだ。


「来年はリベンジするからな。猫又族の虎吉殿、人間族の雪春殿」

「わしらからもお祝いだ」


 おにぎりから变化を解いた赤鬼と青鬼は、僕と同じサイズになっていた。しかもファンキーなアロハシャツに身を包んでいる。

 二人はぴかぴか光り輝く打ち出の小槌を差し出したのに、虎吉は受け取らずに……。


「打ち出の小槌よりそっちのサングラスが欲しいニャンよ」


 虎吉は赤鬼と青鬼の胸ポケットにささるサングラスを貰い受けた。


「雪春もサングラスをするニャ」

「やだよ〜。僕には絶対、似合わないから」


 優勝してしまいました。

 温泉家族旅行に行く時も、虎吉は鬼のサングラスをつけるんだろう。


 来年、赤鬼青鬼はリベンジするとか言ってたけど。

 僕はもうやらないよ。どうしたって、僕はコメディアン向きじゃないもの。


 まあ、妖怪たちが笑ってくれたのは嬉しかった。

 終わってみればコンテストは楽しかったけどね。


 ――他人を楽しく笑わせるって、泣かせるより難しくて簡単なことじゃない。

 誰だかが言っていたのを、僕は虎吉と歩く帰り道で思い出していた。


「雪春、来年も幽世妖怪商店街の一発ギャグコンテストに二人で出るニャン!」

「やだよ〜。もう勘弁して。僕はお笑いには向いてないんだから」

「そんなことないニャン。オイラと雪春なら……」

「か、勘弁して〜」

「優勝できるニャン」


 次は参加しないからね。

 虎吉がもう可愛いうるうるした瞳で見ても、承諾しないんだから。僕は折れないよ。

 可愛い猫又の虎吉の、あんなお願いだニャン攻撃だって全力で回避するつもり。


 だが、来年、次の一発ギャグコンテストにも出ることになろうとは、この時の僕は知らなかった。


     おしまい♪

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

雪春と妖怪猫又虎吉の「幽世商店街お笑い一発ギャグコンテスト」 KAC20224 天雪桃那花(あまゆきもなか) @MOMOMOCHIHARE

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ