第4話

「次は大盤振る舞いで、ハテナを全部公開してあげましょう」



「全部で8人の人間。


 ヤスオ 男 32歳 漁師

   被虐待者 中卒 アレルギー

 ミサコ 女 19歳 無職

   拒食、自傷、虚弱

 ショウ 男 21歳 清掃業

   逮捕歴、肥満、無精子症

 サツキ 女 45歳 医師

   DV、眼科医、パワハラ

 リョウタ男 5歳 無職

   障害、偏食、褥瘡

 アイリ 女 9歳 無職

   障害、少食、褥瘡

 マナミ 女 60歳 探偵

   酒乱、浪費家、がん

 リョウコ女 45歳 軍人

   PTSD、不眠、足が悪い」




男が3人、女が5人残っている。全部で8人。ここから4人が生存者となる。

子供二人には褥瘡じょくそうがあるのか。褥瘡ってのはようは床ずれのことだ。寝たきりの生活を送っているということなのだろう。こんなゲームにそんな子供たちを巻き込むミモザに怒りが湧く。ほかにも病気のこととか障害のこととかをこんなふうに書くなんてあんまりじゃないか。逮捕歴と同列に並べるのも侮辱だ。こんなの尊厳などどこにもない。私は紙を床にたたきつけた。

「もうこんなの嫌。私はやらない」

「そうですか。では、あなたがゲームオーバー、つまり失格ということでいいんですね?」

くちびるを噛む。しばらく迷ったのち、私は紙を拾った。くそっ。

この生存者を決めるゲームは、本当に生き死にを決めるものなのだろうか。まだそう断言できるだけの材料がない。きっと現実じゃない。これは架空の設定のゲーム。そう考えて答えを出すのは卑怯だろうか。


紙を見て、ショウの無精子症というワードにより気づかされたことがある。4人の生き残りは人類存続の役目を負うということだ。つまり子供を産み育てなければならない。

もしも種の保存で考えるのなら、ショウはまっさきに切る。そうすると、男は5歳のリョウタと32歳のヤスオしか残らない。男2人なら、女も2人にしよう。生殖活動の主となるのはヤスオ、途中からリョウタに引き継ぐ。女はひきこもりのミサコに頑張ってもらうことにする。眼科医のサツキは外せない。眼科医でもシロウトよりは医学の知識があるだろう。ミサコに出産させるのなら、医者のサツキは必要だ。

――そうすると、9歳のアイリはどうなるのだ。おそらくアイリは妊娠できる年齢になったとしても育児ができない。だから殺してもいいと。そんなわけがない。そんなわけがないのに……。そもそも4人に強制的に子作りをさせる前提で話を考えているのもどうなのだ。そこには人権などないじゃないか。生存する4人と、死んでいく9人の命と人生を踏みにじってまでして人類を存続させねばならないのか? そこまでして誰かが生き残る必要があるのか? 人類の未来は、今生きている人間たちを踏み台にして作られるものだとしたら、そんなものに価値があるのか。9歳のアイリを殺してまで生き延びる必要がどこにある?

それに、リョウコはどうなるのだ。リョウコだって死にたくはないのに……。



「月村真奈美マナミさん、おかしな言動により失格です」

マナミというと60歳の探偵か。自分はおそらく切られると踏んで、ミモザに喧嘩を売ったのか。あるいは脱出しようと足掻いたのか。あるいはみずから失格を選んだのだとしたら。それこそが唯一人間らしい行動なのではないだろうか。しかし私は……。その一歩が踏み出せない。消極的な死は選べても、積極的な死を選べないのだ。

なんて醜い。

紙をミモザに提出した。




「最終集計結果を発表します」

最終……。その言葉をぼんやりと受けとめる。



「生き残ったのは、漁師の古田泰生ヤスオさん32歳、無職の小野美沙子ミサコさん19歳、無職の木村涼太リョウタさん5歳、無職の間宮愛理アイリさん9歳です。おめでとうございます」


「失格者の皆さんもお疲れさまでした」


ゲームオーバーです、と目の前のミモザがいう。

「ついてきてください」

白い壁にぽっかりと穴が開いた。ミモザはその穴から出ていったのであとを追うと、長い通路のような場所にでた。通路には小さな窓が並んでいる。思わず窓に駈け寄って顔を押しつけた。そとは真っ暗な世界が広がっている。つまりここは宇宙ってことだ。

しばらくの間、闇と星を黙って見つめた。ミモザは何もいわずに側にいた。

「全部本当の話だったんだ」

「はい。地球はもうこの世に存在しません。人間が壊してしまったのです。地球崩壊直前に金星人や火星人が地球人をいくらかレスキューしましたが……1船で4人が限度なんです」

「じゃあ、なんで13人も助けちゃったわけ?」

「とにかく時間がなくて。病院というのでしょうか、人間が治療を受けている施設をまるごと持ってきたんです。その場で選別している余裕がなかったので、いったん全員を収容してから、誰を生存させるかを地球人に決めさせればいいと判断しました」

「悪趣味ね、こんなデスゲームをやらせるなんて」

ミモザを睨み付ける。こいつは命の恩人なのかもしれないが、私はそう思いたくない。

「生存者たちは、失格者の犠牲があったから生き残ったって、そんな十字架を背負って生きていくのよ。気の毒だと思わない?」

「気の毒ではありますが、犠牲になっていった人のことを自覚してもらいたかったのです。生きることそのものが罪なのだと。それを忘れなければ、人類は今度の新惑星ではうまくやっていけるかもしれません」

ミモザがもふっと膨らんだ。

「……というのは建前で、人間の思考をトレースしたかったのです。一体どういう条件で誰を生かすのか。弱い人間を選んだり、強い人間を選んだり。出された条件によって助ける相手を変えるのはどうしてなのか。そういったことを実験してみたかったのです。我々ウチュウジンは地球人を観察するのが趣味なものですから」

虚しい。そんなことを調べて何になるというのだろう。ミモザの知的好奇心を満足させるための殺し合いだったとでも? 私は心の中で精一杯の悪態をついた。きっとミモザは聞こえているはずだが、この醜い金星人は何も言わなかった。

「そうそう、火星人のほうの船から聞いた話なんですけどね」

ミモザは別の話題を切り出した。

「そちらは文化の継承に重点を置いた人選となったそうですよ。難しい技術を持った人間が生存者に選ばれたそうです。ほかには種の存続だけを考えた船、人柄を推測して選別を行った船もあったようです。うちは年齢に重きが置かれた結果となりました。どうやら船ごとに選別基準が異なる結果が出たようですね。そうして全体として多種多様な人間が生き残る選択となった。あなたがた個人はそう意識していたわけではないでしょうに、本当に不思議なものです」

どうでもいい、そんな話。

「少しでも多くの可能性を未来へつなごうという生き物としての戦略なのかもしれないですね。さ、そろそろお別れです」

宇宙船の外部ハッチが開く。

「ここでジエンドってわけね。ゲームオーバーだっけ? ゲームは楽しかった?」

ミモザが揺れている。次の瞬間、頭皮がカッと熱くなり、卵が床に転がり落ちた。そして、急に眠気を感じ、目の前のミモザが何重にもブレだした。

「ええ、楽しかったです。あと、最後にもう一つ聞いてもいいでしょうか。あなたは最後まで自分を生存者に選ばなかった。心の中では自分が生き残りたいと思っていましたよね。しかし、そうしなかった。それはなぜかというと、あなたはそうするのが正しいと思ったから。そうでしょう? しかし、私はわかりません。自分を選ばないのが


「こんな悪趣味な……デスゲームをやるやつには……一生わかんないわよ……」

私の意識は、宇宙の闇に向かってゆっくりと落ちていった。




<完>

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生存者を選んでください ゴオルド @hasupalen

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