郷土料理のそば米使った「徳島風そば米ドリア」

葉っぱちゃん

郷土料理のそば米使った・『徳島風そば米ドリア』

美瑠は東京の大学で出会った恭介と恋愛結婚し、郷里を捨ててしまった。

郷里を捨ててしまったといういい方は大げさだが、恭介の口に合うものを心掛けて作っているうちに、味は関東風になり、関西風の薄味はなくなった。


郷里徳島の味は、大阪と同じで薄味だった。お正月のお雑煮も、実家では丸餅で白みそ仕立てだった。ところが恭介はこんな甘ったるい白みそのお雑煮はかなわん、と言って、食べてくれなかった。せめて三が日のうちの一日だけでも白みそに協力してくれたらと思うのだったが、駄目だった。


だからと言って、美瑠が恭介を嫌いになったわけではなかった。恭介は愛する人だった。


一人息子の巳代治が学校から帰って来て、「お母さん給食の上っ張り洗っておいてよ」と白い上着を出したとき、ふと、自分の小学校の時の給食を思い出した。


ああ、給食にはよく「そば米汁」が出たなあ。おいしかったなあ。

思い返すと、18歳で東京の大学に入ってから、そば米汁を一度も食べたことがなかった。


美瑠の目の前にお椀に入ったそば米汁が浮かんだ。

ニンジンの赤、シイタケの黒、こんにゃくのグレー、穴の開いたちくわ、小さなきれっぱしのような鶏肉、そして底に沈んだ小さい白い花のようなそば米。

それらが醤油色のだし汁の中に沈んでいる。


食べたいなあと美瑠は思った。


美瑠は早速母に電話をかけた。

「お母さん、そば米が食べたくなったの。送ってくれない」

「ええ?そば米みたいなものが食べたいのかい?東京にはおいしいものが一杯あるだろうに」

「なんか、急に食べたくなったの」

「そしたら明日送るわ」


美瑠は、恭介と巳代治がどういうかとちょっと不安になってきた。

でもさ、いいのよいいの、食べてくれなかったら、自分一人で平らげればいいんだわ。


翌々日、母から付いた荷物を期待で胸膨らせながら開けた。

栄養たっぷりだし、温まるし、皆も喜んで食べてくれるよ。

お母さんのくにの料理だもの。

喜んでくれるはずよ。

美瑠は嬉々として作った。


三人でテーブルを囲んだ時、

「これお母さんが学校に行ってた時、給食でよく出た『そば米汁』よ。栄養たっぷりだしおいしいから食べてね」

「うん」と言って、巳代治は食べ始めた。

美瑠は期待に満ちて見守っていた。

巳代治はハンバーグの方にばかり箸を伸ばしている。

「そば米汁食べてみ」と促した。

「うん」と言って食べ始めた。

ニンジンやこんにゃくやちくわや鶏肉には箸が動くけれど、底に沈んだそば米には箸が向かなかった。

「そば米も食べたら」と言ったら、「なんか、見た目が気持ち悪いな」と言ってちょっと箸先でつまんで食べてやめてしまった。美瑠の目には、茶色い「がく」から白い小さい花が咲いているように見えて、別に気持ち悪いとは思わなかった。

「あなたはどう?」と恭介に聞くと、

「別に、何とも思わないね。味もしゃしゃらもないね」と言った。


やっぱり、と美瑠は思った。


徳島の山奥祖谷(いや)は平家の落人が住んだといういわれもある。田圃がないので、そばを育てた。そのそば米が給食にも出たから、懐かしい食べ物であったが、夫や子供には何の思いもないのだ。


あーあ、また残りは自分一人で食べる羽目になるなあと思った。


結局、そば米汁は失敗に終わったのだ。


まだ、袋の中にはそば米が残っている。使わないで捨てるには忍びない。何かいい使い道はないかなと、考えていた。


洗濯物を干している時、ふといい考えが頭に浮かんだ。


巳代治も恭介もドリアが大好きだ。ドリアの中にこっそりとそば米を忍ばせて置いたらどうだろうか。


美瑠は洗濯を干しながらルンルン気分になって来た。


恭介も巳代治も、あの濃厚なホワイトソースの中に入れて混ぜ込めば、自然に食べてしまうだろう。

しめじも薄茶色だし、そば米の薄茶色も目立たなくなるに違いない。味もにおいもないからきっとそば米が入っていると気がつかないだろう。幸いそばアレルギーもないし、気がつかなくて食べてもらっても大丈夫だ。我が家の人に限ってだけど。


美瑠はいそいそとそば米をゆでた。6分がちょうどいいゆで時間だ。

美瑠は、ゆであがったそば米をざるにあけると、あとはいつもの手順でホワイトソースを作り始めた。


鶏肉を炒め、玉ねぎを炒め、むきえびとしめじを加え、いつもはそこで終わるのだが、今日は、そこにそば米少々を加えて火を止めた。


さあ、これからが正念場だ。


小麦粉とバターを加えて、具になじませ、牛乳を少しずつ入れて箸でかき混ぜた。いつもはここで粒々が出来たりして失敗することが多いのだが、今日は気持ちが弾んでいるので、うまく滑らかなホワイトソースが出来た。塩と胡椒で味を調えるとおいしいホワイトソースが出来た。


恭介と巳代治が帰って来てみんなが揃ったとき、美瑠は耐熱容器にご飯を入れ、その上に温めたホワイトソースを乗せ、ピザ用チーズを乗せてオーブンで焼き上げた。

「わー、今日はドリア」と言って巳代治は喜んだ。

「お母さんのドリアは、おいしいね」と、恭介が巳代治に言いながら食べている。

巳代治も「うん」とうなずいて食べるのに夢中だ。


美瑠はとても満足だった。誰もそば米が入っているのに気づかなかった。


あと少しで食べ終わるというときに、美瑠は言った。

「ねえ、今日のドリアにこの間のそば米入れてみたのだけど、気づかなかった?」

「ええっ!」と二人は言って、つらつらとドリアを見ている。

「あっ、本当だ!」と二人は同時に言った。

「おいしいでしょう」と美瑠が言うと、

「全然変わらないよ」と恭介は言った。


美瑠は、よかったよかった、自分の思い付きは大成功だったと感じ、ニコニコしながら二人を見ていた。

         (終わり)






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

郷土料理のそば米使った「徳島風そば米ドリア」 葉っぱちゃん @bluebird114

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ