「漫才師」という名の魔法使い
佐倉伸哉
本編
赤ちゃんは、個人差はあるが基本的に3ヶ月を過ぎた頃から笑い始めるという。
しかし、とある家の赤ちゃん“ケンスケ”くんは、6カ月を過ぎても笑う事がほぼありません。お
さらに、人見知りなせいか、知らない人の前だとムスッとした顔をしている事が多いです。だからか、周囲の大人達は「ケンスケくんはあんまり笑わないんだねぇ~」と漏らす事が多いです。
両親は心配になって、お医者さんにケンスケくんを
そんなケンスケくんですが、最近になって“ほぼ必ず”笑う時があるようになりました。
キッカケは、何気なく
それは――漫才師の“やまだすみだ”。
中堅のお笑い芸人ながら、数々のお笑いのコンテストで優勝している正統派漫才師です。多くのお笑い芸人さんが出ているコント番組やひな壇でテーマトークをする番組などには出ないのでテレビに出演する機会は少ないですが、実力は折り紙付きなのでネタ番組には時々出ています。
「ど~も、開店ガラガラガラ!」
長身のツッコミがオーバーなアクションでシャッターを上げる仕草の開幕ギャグ。しかし、大人達はクスリともしない掴みで、若干白けた空気が漂う。
しかし――!!
「キャッキャッ」
ケンスケくんは、ニコニコと満面の笑顔。しかも、声を出して笑っている。両親はビックリしました。
さらに、漫才は続きます。
「最近、人と人の触れ合いが減ってきて、寂しいですよね~」
「そうやね~、核家族化とか地域の人々の交流が薄れたとか、色々な事情はありますけどね~」
「ウチの相方を見て下さい。ヒエヒエなギャグばかりで滑っているんで、みんな引いていくんですよ」
「そうや、オレのギャグはウケなくて……って、おい!」
小柄なボケ役の人が毒の含んだボケを投げかけると、ツッコミ役の長身の人がオーバーリアクション気味にツッコむ。身振り手振りの細かな動きにアタフタとする様は確かに見ていて面白いが、それは漫才師同士の掛け合いが理解出来るからこその笑いだ。
でも――。
「エヘヘ」
言葉をまだ理解出来ないはずのケンスケくんは、手を叩いて笑っていました。家族以外の誰かを見てケンスケくんがここまで笑うのを、両親は初めて見ました。
それからの数分間、ケンスケくんは時々声を出して笑うなど“やまだすみだ”の漫才が終わるまで常にニコニコとしていました。
もしかして、漫才師ならケンスケくんは笑うのかな……そう思った両親はそのままテレビを点けっぱなしにしていましたが、ケンスケくんは他の漫才師の漫才の時は特に興味を示す素振りを見せませんでした。
両親は、不思議で仕方ありませんでした。どうしてケンスケくんは“やまだすみだ”の漫才にだけ、あんなに笑ったのだろうか。漫才中にツッコミ役の人がコミカルな動きをしているのは確かに
そんな両親は、試しに“やまだすみだ”の漫才のDVDを借りてきて、ケンスケくんに見せてみる事にしました。これでケンスケくんが少しでも笑ってくれたらいいなぁ……そんな淡い期待を込めて。
すると――ケンスケくんは、半分以上の時間で笑っていたのです! 掛け合いの意味は分からないのですが、オーバーなリアクションがケンスケくんには面白いと思ったのでしょう。
さらに嬉しい事に、“やまだすみだ”の漫才を見るようになってから、家庭内で笑う事が少しずつではありますが増えてきました。お父さんやお母さんの顔を見るだけで笑う事があり、それだけで両親は嬉しい気持ちになりました。
その後、両親は“やまだすみだ”の漫才のDVDを購入して、時間がある時はケンスケくんに見せるようになりました。そのお蔭もあって、外でも笑うようになり、ケンスケくんの変わり様に預けている保育園や近所の人も驚いていました。
思えば、人を笑わせるというのは、なかなか難しい事です。
くすぐらせれば無理矢理にでも笑わせる事は出来ますが、笑うつもりのない人を笑わせるというのは、想像以上に大変で厄介です。そして、万人共通で“確実に笑える”というものも存在しません。9割の人が笑う事でも、残りの1割には響かない……なんて事もあります。
ケンスケくんも、同じです。人と少しだけ笑いのツボが違って、あまり笑わないだけなのです。両親はあまりに笑わないケンスケくんを不安に思いましたが、その不安を取り払ってくれたのが“やまだすみだ”の漫才だったのです。
よくよく考えれば、「漫才師」というのは人を笑わせるのが仕事であり、笑わせるプロとも言えます。そう思えば、魔法使いなのかも知れません。
あなたも、魔法にかかってみませんか? 笑えばきっと良くなる……はずです。
「漫才師」という名の魔法使い 佐倉伸哉 @fourrami
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