短編65話 数ある笑っておくれよさあほらほら!
帝王Tsuyamasama
短編65話 数ある笑っておくれよさあほらほら!
学生服男子とセーラー服女子がワイワイガヤガヤする休み時間の教室に、魂の叫びがこだました!
「布団が吹っ飛んだぁ~! フトォーンッ」
ポーズも決めて確かな手応え! どうだこれで笑うだろう!! 本日も髪つやつやですね。
「
ちょっと髪が内巻きにくるくるしてる、
「うん」
「俺はもっと捧腹絶倒空前絶後の超絶大爆笑を巻き起こさせたいんだぁーっ!」
この俺、
「おもれぇって言ってんじゃねーか、いいんじゃねぇの?」
俺より髪が短い
「俺は……俺はっ、佐嶋に中学生生活を、楽しんでもらいたいのだ……!!」
机に両手をついた。涙が流れていれば、ぽたぽたこぼれ落ちていただろう。
「おもしろかったんだよね?」
「うん」
佐嶋菱乃というのは、学校にいる九割九分九厘の時間を無表情で過ごしている(※当社調べ)
身長は女子の中でも小さめ。髪は長く肩を越えている。部活は合唱部で、実はバイオリンを弾けるらしい。音楽の授業で合唱のとき、佐嶋の歌声を探そうとしたが、俺の耳の数がふたつだからか、聴き当てることはできなかった。
今みたいな一発ギャグはもちろん、ものまね・モノボケ・サイレント・ショートコント……とにかく、ありとあらゆる場面で佐嶋にお笑いを届けてき……たはずなのだが、未だに一度も笑ってくれず!
「うそついてねぇんだよな?
「うん」
「喜んでくれてるじゃんー」
「くぅっ……!」
俺がこんなにも佐嶋の笑顔見たい大作戦を決行しているのは、当然理由がある。
去年の夏。地元の夏祭りに行ったら、偶然佐嶋と会ったんだ。まぁ同じ地区に住んでるし、同級生と祭で会うこと自体は、別に珍しくはない。
なんとなく佐嶋と一緒に過ごす流れになり、金魚すくいをすることになったんだ。
佐嶋も俺も、何匹か金魚をすくえたんだが、出目金の数は、佐嶋が
そこでおじちゃんに「佐嶋に俺の出目金一匹分けてやって!」って言ったら、「あいよぅ! 優しいねぇ
俺が代表してふたつの袋を受け取って、佐嶋の分を渡したとき、「ありがとう」の声と一緒に、ほんの、ほん~…………のちょっとだけど、佐嶋が笑顔になっていた。
それ以来俺は、佐嶋の笑顔を事あるごとに思い出す毎日が、始まってしまった。
たまたま今年同じクラスだったこともあり、夏休み明けからは、こうして佐嶋の笑顔見たい大作戦を繰り広げている。
「次の社会の準備しよーっと」
「ノート出してたよなー」
幹森と芳澤は、自分の席へと戻っていった。ちなみに佐嶋の席は俺のすぐ後ろ。ちなみにちなみに幹森は女子バレーボール部、芳澤は囲碁・将棋部。俺? ドミノ部だけど。
「……ま、また明日もギャグ聞いてください」
「うん」
俺は真顔の佐嶋に見届けられながら席について、社会の教科書を机の中から出した。
「社会の先生のものまねやりまーす! ほな始めよかぁ~」
「黒板消しクリーナーのものまねやりまーす! ドゥゥゥーーーーー!! トゥーーーンゥ~~~……」
「………………叫び」
「電話にだれも出んわ! デンワァーッ」
「なな佐嶋。あれなにかな? 見たチョップ」
(あ、佐嶋の頭触っちまった)
「いないいなぁーい…………いなかった」
「デェーーーーーン!!」
「おはよー菱乃ちゃーん……と、雪武?」
「朝っぱらから撃沈してんだとよ」
(どうすれば……どうすればまたあの笑顔を見ることができるのだ!)
俺自身が見たいのはもちろんだけど、佐嶋に楽しんでもらいたいっていう気持ちも本当なんだ!
「今日もおもしろかった?」
「うん」
「よかったねー。理科の準備しよーっと」
「元素記号のテストは次だよなー?」
幹森と芳澤はウッウッ。
俺も自分の席にウッウッ。
「……雪武、くん」
「ウッウッ…………ぅ?」
ん? ん!? 今、後ろから、つまり佐嶋方面から声聞こえたよな!?
ゆっくり気味の声に、俺はすぐ後ろを向いた! 手は机の下。いたって普通すぎる座り姿の佐嶋。
「よ、呼んだか!?」
いつもうんばかり聞いてきたからな!
「金魚、大きくなったよ」
って、金魚ぉ~?
「ぉ、おお~! よかったな! こっちのも順調に育ってるぜ!」
佐嶋との思い出だからな!
「明日、見にくる?」
「ぁ明日?」
えとー、まあ、うん、特に予定とかはない。うん。
「お、おう、見よう、かな?」
「私の家、わかる?」
「いや、知らないぞ」
「公園で待ち合わせ、いい?」
「あの夏祭りでお馴染みの?」
「うん。十時は?」
「だいじょぶだ」
「ベンチで待ってる」
「
というやり取りが淡々と行われていった。すべてが決まると、佐嶋は今日の一時間目である理科の授業の準備を始めた。
俺も前を向いて、さて理科の準備を…………
(……明日佐嶋と遊べんの!?)
落ち着け、これは数学の教科書だ! 理科を出せ理科をっ!
今日は朝からあんな取り決めがあって、正直なところ、今日の俺のギャグキレ度(注:逆ギレ度ではない)は精彩を欠いていた気がする。
佐嶋とは席が前後ということもあり、班が同じで掃除場所も同じだ。つまり掃除時間も佐嶋チャンス時間なのである!
……だが……
しばらく教室内を机つったり掃き掃除したりしてから、ゴミ袋持って教室を出て、焼却炉前にいる先生に、それぞれ渡した俺と佐嶋。
(一緒に歩いてると、金魚すくい佐嶋を思い出してしまう距離感でさぁ……。髪そよそよだし)
時間的に、教室に着くころには、掃除終了のチャイムが鳴るだろう。
「雪武くん」
「んおぅ?!」
そういや雪武くん呼びなんスね佐嶋!
……名前呼ばれたってのに、特におしゃべりすることなく、やってきたのは金工室近くの青いベンチ。木工室と金工室は、ちょっと離れた場所にあるので、掃除も割と早く終わる習わしがある。つまりとっても静かな場所だ。
実は座るときにも『おぃすぅわれっ!』っていう、社会とは別の先生のものまねレパートリーがあるんだが、今回は温存した。髪そよそよ。
ここは校舎の裏側になっていて、遠くの森や山の景色が見える場所。よいお天気ですね。
(で、なんなんだろう? なにか一発芸でも披露してくれるのだろうか?)
……ごめん。なんでもない。
(う~ん……やっぱ表情いつものっぽいけどなぁ……)
俺の右隣に座っている佐嶋。横顔もいつものお顔ではあるが、髪そよそよで……なんかいい感じ。どういいかって説明するのは、ちょっと難しいけど。
(む!? この静かな瞬間こそ、佐嶋チャンスでは!?)
さっきはなぜ呼ばれたんだと思っていて出しそびれたが、今こそ! 俺は全身全霊で!
「佐嶋。金魚元気なんだよな」
あ、佐嶋こっち向いてくれた。近い。
「うん」
「出目金も?」
「うん」
「水槽の中に、石、いっぱい転がってるよな」
「うん」
「石が落ちた。ストォーンッ!!」
決・ま・っ・た!!
さあ! さあどうだ! どうだどうだ佐嶋ぁーっ!!
「…………ぷくっ」
(!!)
「ふふっ」
笑ったぁーーーーー!!
佐嶋が笑いました! やったやったやったぜ!! キタキタキタァーーーッ!!
「ついに佐嶋が笑ってくれたイィイーーーヤッホオォーーーゥ!!」
ふふ~っていうくらいの控えめな方ではあるが、それでも佐嶋からすれば、これはもう大笑いってことでいいっスよね!?
「……フォオーーーッハイィーッ!」
笑ってる笑ってるぞ佐嶋がぁー!
「ってうぎゃあ!?」
そんな喜びもつかの間! なんと佐嶋が! だ、抱きっ、なんか飛び込んできたんですけどぉーっ!?
「ちょちょちょお佐嶋ぁ?!」
俺の背中に腕が回されながらも、ちょっと小刻みに震えて笑ってくれている佐嶋。どゆこと!?
「……ごめ、なさいっ、笑いすぎて……」
「ぇ、そんな体力消耗? ああ、おぅ」
あの佐嶋が俺の胸辺りに頭つけながら。あの佐嶋に抱きつかれたままでっ。
(笑顔は見たかったけど、だだだ抱きつかれたいとまでは思ってなかったぞい?!)
「雪武くん。いつもおもしろいことをしてくれる。毎日楽しいよ」
「え!? そ、そりゃーなによりっ!」
なんか急に語ってくれだした! 声ちょっと高い?!
「……ありがとう。言いたかった」
(ふおおお~っ……)
天使が俺にスポットライト当ててくれてる。
「……笑った顔、だれかに見られるの、恥ずかしくって」
「ほ、ほぉ」
佐嶋そんなことがあったのかっ。
「顔に出さないこと、慣れてきちゃった」
「な、なんか、恥ずかしいって思ってることを、無理やりさせようとしてたなんて……ははっ、俺なにやってんだろ。すまんっ」
しかし佐嶋は、首をゆっくり横に振った。めっちゃ俺に当てながら。
「でも、雪武くんなら……もういいやっ」
「て佐嶋ぁ?!」
一層俺に抱きつく力が増された!
「ぅあ、ち、ちなみにーそのー。もういいやってなった理由とかがございましたらば~……」
この角度では、佐嶋のお顔の表情は見られない。頭とつやつや髪はすんごく見える。
「……雪武くんなら、どんなことでも楽しくしてくれそう。雪武くんが笑わせてくれるの、私も笑いたい。もういいやっ」
な、なんかこれ、笑わせたっていうか、投降させたっていうか!?
「んじゃー……記念に、佐嶋さんの笑顔を正面から………………む」
俺が背中を反らせてみても、佐嶋は顔を俺の胸の辺りにくっつけたまま。左に動いてみても、さっと俺から見て右下に顔を背ける佐嶋。右に動いてもやはりささっと左下へ。
「もういいやじゃなかったんスか!?」
え、こんなセリフでもちょっと笑ってくれんの!?
「……やっぱりちょっと恥ずかしい」
「抱きつくのは恥ずかしくないんかーいっ!」
なんでこんな普通のツッコミですら笑ってくれるんだよぉーっ!!
短編65話 数ある笑っておくれよさあほらほら! 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho
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