漫才劇場の幽霊【KAC20224:お笑い/コメディ】
冬野ゆな
第1話 かつての社員の話
いまから二十年くらい前の話だ。
僕は当時、とある芸能事務所で働いていた。
芸能事務所といっても、多くは芸人さんが主体だった。だから、いまでも名前の売れてる芸人さんの所属事務所として、名前があがることが多い。大手じゃないけど、それなりの大きさの漫才劇場も持っていたんだ。僕は劇場担当で、裏方として準備をしたり、ライブのキャスティングを決めたりといろいろやっていた。人がいない時はチケットのもぎりもやってたよ。
それで、いまの劇場は一回建て直してるんだよね。七、八年くらい前だったかな。一度見たことがあるけど、かなり綺麗になって、いま風に作り直してあった。僕が働いていたときはずいぶん古い劇場で、頑丈ではあったけど、いろいろガタがきてる頃だったよ。椅子の角のあたりがやぶれてくるような感じかな。今みるとかなり羨ましい。
……で。なんの話だっけ。
そうそう、その劇場で体験した話だったね。
実はその劇場、幽霊が出るって話があったんだ。
なんでもむかし、「フレッシャーズ」って名前の新人コンビがいたんだ。なかなか芽が出なくて、ライブも月に一度あればいいほう。まあそんなコンビなんてごろごろいるんだけど、彼らはそれで煮詰まっちゃってね。二人ともいろんな所に借金したり、危ないバイトとかもしててね。それでとうとう、一人は病気で。もう一人は借金苦で身を投げて死んでしまったんだ。
それ以来、月に一度、その「フレッシャーズ」がステージに突っ立ってるっていうんだ。死んだ時の顔のままでね。
……っていうのが、その幽霊の話なんだけど。
いや、話はここからさ。
そもそもさ、「フレッシャーズ」なんて名前、よくある名前なんだよ。だからたまに、噂を知らないままそう名付けるコンビが出てくるんだよ。
……そうだよ。
年に一組か二組、必ず事務所に出てくるんだよ。「フレッシャーズ」が。
多いときは四組くらい出てきたかな。そこまでくると笑っちゃうよ。さすがに四組出てきたときは、事務所の連中は僕も含めてみんな引いてたけど。
ただ、どこの「フレッシャーズ」も、噂を知ると、さすがに気味悪がって名前を変えていたんだ。コンビ名の変更も、特に新人のうちはよくあることだからさ。解散すれば当然コンビ名も無かったことになるし。
だから、基本的に「フレッシャーズ」は幽霊話のコンビの名前だった。
だけどあるとき、絶対に変えたくないって奴らが出てきたんだ。
それが、吉岡と鬼崎って二人だ。
二人はな、「フレッシャーズ」を、「フレッシュな、新鮮な奴ら」って意味でつけたんだ。自分たちで新しい時代を作り、いつまでも新鮮さを保っていたいって勢いで。たとえどれだけ年をとってもな。
それに、なにやら思い入れのある名前のようだった。高校の時に初めてコンビになったときにつけた、みたいな事を言ってたな。だから絶対に名前を変えたくなかったらしい。
とにかく頑として聞き入れなかったよ。社員さんは遠回しに、「いいけどさあ……」なんて苦笑しつつも、変更するように説得していた。
最終的に、「幽霊の名前として既に有名なら、覚えてもらえてお得じゃないですか!」っていうのがそいつらの言い分だった。
まあ実際、若手や社員の間では、「あー、あれが生きてるフレッシャーズかあ」なんて、覚えも早かったよ。内輪ネタではあったけど、有名にはなった。
ネタの方は正直、どうかな……という感じではあったよ。でも、名前が知れ渡ってたこともあって、確かにそいつらは売れ始めていった。もしかしたらこのままテレビ番組に呼ばれることもあるんじゃないかって思った。
いつかバイトも辞めて、芸人だけで食っていくんだって、若い奴が言いそうなことを言ってたよ。
……そんな時だった。
吉岡のほうが、ある日突然劇場に来なかったんだ。
鬼崎が何度連絡しても通じなくて、結局その日のライブは鬼崎が一人でピンネタらしきものをやってた。
結局、その後もぜんぜん連絡がつかなかった。
吉岡の親や兄弟まで出てきて判明したのは、吉岡はギャンブル好きで借金を抱えてて、怪しいところからも借りていたってことだった。どうもそのまま飛んでしまったらしい。……いや、本当に飛んでしまっただけなのかはわからないけど。
黒服が吉岡を連れ去ったとか、「僕は大丈夫です」みたいな電話が一度だけ来たとか、事実と憶測と噂がない交ぜになっていって、結局、吉岡はそこから行方不明になってしまった。
事実上の解散だ。
鬼崎は一人でも頑張ろうとしたよ。
どう心の整理をつけていいのかわからないまま、とうとう倒れてしまった。次のパートナーを探しはじめる直前のことだった。
もともと深夜バイトの掛け持ちや、不摂生が祟ってそのまま入院。その後も入退院を繰り返して、結局親が来て引き取っていった。一、二年したあたりで、事務所のほうに訃報が来て亡くなったことを知ったよ。
そうなんだよ。
実際に存在した「フレッシャーズ」が、怪談どおりの道を歩んでいなくなってしまったんだ。そりゃあ、みんな噂したよ。フレッシャーズの名前をつけちゃ駄目だったんだって。
……でもさ、こうも思わないか。
そもそも幽霊になった「フレッシャーズ」は実在したのかって。
僕は会社の所属芸人の一覧みたいなのを探して、だんだん遡りながら探したよ。
そしたら、確かにフレッシャーズはいたんだ。当時から更に十年前くらいに、確かに「フレッシャーズ」は在籍していた。
もうひとつ驚くべきことがあった。その一覧には、コンビ名の他にちゃんと芸人の名前も載ってたんだけどね。
その二人の名前が、なんと吉岡と鬼崎だというんだ。
ぞっとしたよ。
こんな偶然、あってたまるかってね。
さすがに、どっちが病気でどっちが自殺なのかまではわからなかった。
あれから二十年近く経って、劇場も新しくなっただろ。
劇場を見に行ったときに、当時の後輩に会ったんだ。当時の僕より偉くなってたけど、懐かしさもあってだいぶ話し込んでしまった。
そのときに、聞いたんだ。
まだ「フレッシャーズ」の噂はあるのかって。
後輩はちょっと顔を曇らせたあとに、こう言ったんだ。
「先輩、実は新しくなった劇場にも、出るんです。いまだに誰かが見るらしいんですよ。でも、出る幽霊の顔が……。二十年前に死んだ、新しいほうの『フレッシャーズ』にそっくりだっていうんです」
漫才劇場の幽霊【KAC20224:お笑い/コメディ】 冬野ゆな @unknown_winter
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