異世界料理研究家、リュウジ短編集④〜KAC2022に参加します〜

ふぃふてぃ

先生!講師と小児科医

「リュウジ。今日は先生として行くんだからね。頼んだわよ」


 俺は異世界料理研究家リュウジ。異世界のあらゆるモノを調理して……。


「聞いてるの?ベティからの木札は持った?アンタ、ホントに講演なんて出来んの?」

「大丈夫だって。子どもじゃないんだから」


 アクアベイルとリゼルハイムの共同で開催される弁論会。子供と貧困をテーマに食という観点から講義してもらいたい。というのがベティの申し出だ。普段から仮のギルド「満腹食堂」に米を寄付してくれるベティを無碍にもできず、これはギルドとして前進するためにもと、俺たちは依頼を受けた。


「ごめんなさい。本来なら私が行くべきなのですが……人前が苦手で。それにリュウジさんの方が食についてなら、お詳しいかと……」


「フィリスは気にすんな。まっ、どうにかなるさ」


         ○


 二人に見送られ見張りの門兵に木札を渡す。促されるまま中へ。木の板の床、ギシギシと音を立てながら歩く。中は見た目以上に広い。


――此処が元老院か。にしても広いな


「リュウジ様、こちらで御座います。今日はお受けして頂いき有難う御座います」


 ふわりとした甘い声。リジィの招きを受けて襖を開ける。木の床に簡素な椅子並ぶ。その上には藁で編まれた座布団。


 一見は和風のような室内だが間取りは広く天井は高い。ステンドグラスから透き通る陽光が差し込み、奥には陶器で作られたよいたな女神像が祀られている。


 リジィに促されるまま部屋の奥へ進む。女神の視線、会場の視線を一身に受けて話し出す。内容は貧困と子供について。


「生きていく為には食が必須であり、さらに豊かなものとするには栄養バランスが大切であります。今、お配りしているのはグリフォンの卵で調理したチャーハンをアクアベイルの伝統的な携帯食。おにぎりにしたものです」


 焦がし油の香ばしい匂いが薫る。バリンジュの根の爽やな味わいに舌鼓を打つ声。朝食を抜いていた者も多く、おにぎり作成は大成功。講演も無事に終了し、拍手を浴びて壇上から降りた。


 リジィに促されるまま席につき、次の講演者が話し出す。早起きして大量のおにぎりを作ったツケが、安心も相まって欠伸となって現れた。


――こりゃ一度わ外の風を吸わないと持たないな


 「お疲れ様ですか?」と優しく声をかけるリジィに(済まない)と思いながらも事の顛末を話す。リジィは「大丈夫ですわ」とおおらかに、休息所を教えてくれた。


 整えられた庭園を眺める。ちょろちょろと竹筒から流れる水が瓶に溜まり溢れ出る。俺は柄杓で水を掬い飲み、近くの長椅子に深く腰掛けた。


 すると、同じタイミングでストンと腰を下ろす女性がいた。向こうもコチラに気づかなかったのか驚いた顔を見せ、互いに会釈を交わす。


 見た目は俺より少し若いくらいで小柄だが、背筋は凛としていて伸び、眉がキリリとしまっている。


「先生もお疲れですか?」


(先生?……あぁ、そうか。今日は先生として来ているのだったな)


「先程、私も講演をしていたのですが、畏まった場所は、どうも苦手でして」

「俺もです。あなたも先生でしたか」


 日当たりの良い場所だった。麗かな陽光を浴びる。彼女の髪が柔らかな風に流れている。


「リゼルハイムの方ですか」

「はい、まぁ。そうです」


「去年に流行ったピグリム病。ベスティア大陸の方は大丈夫でしたか?私はアクアベイルの出身なのですが、それはもう大変でしたから」


「ピグリム?」


――アクアベイルということは、ベティと同じ出身ってことか


「あぁ、ごめんなさい。こちらではバビロム病と呼ばれていたんですよね?」


 そういえば、去年の暮れあたりから南東のバビロム大陸から伝染病が流行って、その病名か。


「あぁ、バビロム病ね。いやー、あの時は色々と周りの反対も強かったのですが『活動を止めてはいけない』と言う者がいて」


 あの時は大変だったな。時間を分けて炊き出しをして、おにぎり配って。


「素晴らしいスタッフを、お持ちなのですね。私も、あの時は夜中も子供がひっきりなしで訪れて……」

「夜中も!凄い頑張りますね」

「子供相手だと昼も夜もないじゃないですか」


 顔を見合わせ笑みを溢す女性「お互い、大変ですね」と互いの言葉の端々に労わる言葉を介し会話が進んでいく。


「それに仕事もそうですけど、子供相手というのも神経使うじゃないですか」

「そうですね。思春期の女の子は、なかなか胸を見せてくれませんし」


「……胸を?あ、あなたは胸を見るんですか!」

「私はディシュバーニーでも学びましたが、基本は胸を見るところから始まるはずですが。あなたの所では胸を見ないのですか?」

「見ませんよ」


――胸を見るとこから始めるって!


 この女性は何を学んでるんだ。ベティのいるアクアベイルって不思議な風習とかあるのだろうか?とりあえずは(これも異文化の違い)と思い、飲み込む事としたが……


「男の子は直ぐに見せるんですけどね」

「男の胸も見る!今どき、お仕置きでも、そんな事しませんよ」


 なんかヤベェ人なのか。見た目は真面目そうな顔して変態?変態さんですか?あなたは変態さんなのですか!?


「お仕置き……するんですか?」

「まぁ、俺の所には一人、手のつけられない悪い奴がいましてね」

「手も付けられない程、そんなに悪いのですか!そんな子供に、お仕置きを」


(悪い子にお仕置きは、あぁ、お仕置き否定はね。まぁ、分からなくはないけどね)


「ウチにはね。もう何しても聞かないやつが一人いるんですよ。お仕置きは俺もしたくは無いですよ。でも、どうにもならない時は、みんなで『飯抜きだぞ』なんて言って……」


「ちょ、ちょっと。みんなで?手も付けられない、何も効かない子供を飯抜きに!」

「そうですよ。すると、だいたい次の日からは良く聞くようなりますよ」


「あ、荒療治ですね。本当に効く様になるんですか?」

「むしろ、それくらいしないと聞きませんよ」

「私の所にも、そこまで重くはないのですが、何も効かない女の子がいまして……」


 彼女は深刻そうな顔をしている。(女の子で言う事を聞かない子か……それは、また大変だろうな)なんて考えていたら、一人の男が女性に話しかけてきた。見るからに知り合いのようだ。


「先生。すいません。ちょっと……」


 男性がラッパの様な機会を持って走ってきた。女性は受信機らしい機械を耳に当て、目の前で話し出した。


「何ですか講義中ですよ。何だって、アイラちゃんは何て言ってますか……ムカムカする。薬が効かない……暴れている」


「今すぐ鎮静剤を打ちなさい。そしたら今日は飯抜きに」

「ちょ、ちょっと。待って、待って!」

「いや、さきほど先生が飯抜きにすると効くって」


「違いますよ。薬を使うのはやりすぎでしょ」

「暴れているんですよ。一刻を争います」

「そうだけど……」


 俺と彼女の言い争うは続く。確かに言う事を聞かないのは問題だが薬を打つのはやり過ぎだ。話はヒートアップしていく。


 騒ぎを聞きつけて、ベティが割って入った。


「ベティ?」「アメリア?」


「どうして、アメリアが此処に?」

「小児科医の弁論会があって、ベティは?」

「福祉ギルドの弁論会ですわ」


「福祉ギルド……まさか、この人が、ベティの言ってたリュウジさん?」


「えぇ、料理研究家のリュウジです」と俺は胸ぐらん掴まれていた手を振り払う。


「先程の効かない子に飯抜きという話は?」

「ウチにはね。ルイって言う。摘み食いするは、食事中に遊び出すわと、全然、言うことの聞かない子がいるんですよ」


「言う事を聞かない子……申し遅れました。私は小児科医のアメリア・スカーレット」

「小児科医……、じゃあ、胸を見るというのは」


 女性は赤面し「聴診の事です!」と言い放った。


「ふふっ。この仕事以外にも子供を大切にする人がいるのですね。良い勉強になりました。今日の講演は来てよかった。私は急患の子供がいますので失礼します。このままでは、飯抜きにしてしまいます」


「それは勘違いで……すいません」

「お互い様、ですね」


 悪戯そうに笑う彼女を笑顔で見送る。何があったのか分からず不思議そうな目をするベティに手を振り、アメリアは颯爽と駆け出した。


 子供の為に尽力する。医師と料理人。二人の職種は違えど、願う心は一つ。子供の明るい未来だ。


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