笑える一線

鯨ヶ岬勇士

笑える一線

 他人の不幸は蜜の味——それは真実だったと思う。小説家志望の青年が公募直前に燃え尽きた話は笑えるし、ラーメン屋の行列で自分の直前で売り切れた話なんて滑稽だ。


 つまり、私たちは他人の小さな不幸で笑っているのだ。人を傷つけない笑いがブームメントになっているが、その根底には結局他人の小さな不幸が存在している。子どもや動物のほのぼのした映像にすら、他人の不幸を嘲る人間の醜い本性が見え隠れしている。


「いやあ、それで足折っちゃってさあ」


 友人が笑いながら自分の右脚のギプスを指差す。それをみて他の友人も「馬鹿なことをしたな」とか「そりゃ不幸だったな」と言って笑っている。そうか、骨折は笑えるラインの出来事なのか。自分はそう理解した。


 その瞬間、不思議な疑問が湧き上がってきた。それを抑えようと努力はしたが、気になってしまったのだから仕方ない。


「どこまでが笑えるラインなのだろう」


 それから数日後、私は友人を海へと誘った。ギプスで脚を拘束されて、砂浜に松葉杖が沈み込み、友人は歩くのも大変そうだ。


「二人っきりで出かけたいのも変だけど、こんな状況に限って海はないだろ」


 友人はそう言って笑う。そうか、この不幸はまだ笑えるラインなのか。私は友人に砂浜では動き辛かろうと言い、岩場に誘った。岩場はごつごつとしてはいるが、幾分か今よりはましだろう。


「意外と深いもんだな」


 青々とした海の底を見て友人が笑う。岩場に波はぶつかり、海流は沖へ沖へと流れていく。底は人が足がつくかどうか怪しいぐらい深い。緩やかに下っていく砂浜と違い、岩場は急に深くなったりするので、そのギャップが面白い。


「そうだな」


 私は友人の背を押した。友人は骨折のせいでうまく泳げずにいる。友人が沖へと流される姿を見ながら思う。


「これは笑えるラインかな」

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