三章 十六万の犬
二十二歳 成人男性 トリマー資格を持つ 七絶 は
このトリマー資格取得と同時に、繋ぎで勤務していたピッキング(包装)のバイトに洋菓子の詰め合わせを二つ納め退職することになった
「もう辞めんのぉ~?」
三十代ではあるがギャル風のメイクをしている女性の先輩が言う
「金が欲しいんで」
「七絶くんらしいねぇ〜」
ジョークを挟みつつ、わいわい騒ぐ朝礼前
プチッ
『ラジオ体操第イチィー!!』
社員さんが来てラジカセのボタンを押すと皆一斉に散る
ラジカセからは昭和にでもレコーディングしたかのようなハキハキ喋るが音がかすむ男性のボイスを聴きながら皆 体を動かし終了と共に軽い連絡事項、その後勤務にあたる
そんなルーティンも今日で終わりだ
帰り際になりタイムカード前に置かれた七絶の菓子を大体の人がお礼を言って取って帰る
七絶は通常通り帰ろうとしたが三十代のギャルママに最後一緒に帰ろうと言われた
そう、この人結婚しているのだ
今日日、日本で結婚した女性の半数以上が働かなければ生きていけない共働きがあたり前と聴くが
いざ近くにいたんだなと思うと関心する
「うぃ〜金の亡者お疲れさまぁ〜」
「やかましいわ」
小さいコントで返す
「ちょっと辞めちゃうと悲しくなるなぁー」
「ちょっとかい」
七絶は基本腰が低いがタメで話しても実害の無い相手にはタメ口で返す
そうしないと永遠に距離を縮められる人間がいそうにないからだ
「あんま男に「辞めるから悲しい」なんて簡単に言わない方が良いですよ勘違いしそうっす」
「へへっ!別に良いけどなっ!」
勘弁してくれこっちは童貞だぞ、一つ一つがドギマギするわ
「あー‥後これあげる!」
小さな白い個包装を七絶につき出す
「?なんすかこのブツ」
「違法みたいな言い方しないで まぁ開けてみて」
「デザートは最後に食べる派だから家でも‥」
「開けるの!!」
「キレんといて下さいよ シワ増えますよババア」
「可愛くないね~」
談笑混じりにラッピングを取り除くと
「ハンカチっすか」
二枚入っていた
「そうだよ、これをあたしだと思って大事にしなよ!」
「靴が汚れたり置傘の水拭くのに使えそうですね」
「うんおおい!!貴様ッッ!!!」
「嘘ですよ、ありがとうございます大野さん」
駅の別れ際にこの言葉を残しピッキングバイトのギャルママ大野さんとは幕を降ろした
「次は犬猫か‥」
七絶は人がいないと独り事を言う
「フリーペーパーじゃもっぱらないし、ネット中心だな」
資格がないとまずバイトも難しいペットショップを検討していたが
これまた若さと上っ面の人の良さで一発採用 やっぱ世の中謙虚さだよな
面接の際正社員希望を伝えた所
「まずはバイト研修で二ヶ月様子みて店長の昇進チェック、それをクリアしたらになるけど良いかな?」
七絶の面接は二人、自分よか年下の成人男性の店長と
開店から居るらしい見るからにボス各の恰幅の良くツリ目の眼鏡をかけた三十代の女性
その女性が説明してくれた
「もう全然オッケーです!碌な履歴も無いので」
「わぁー!素直で良い子!!早く働いて欲しいわ!!」
面接時 椅子二つ分空いてた筈なのに今、手を捏ねくり回されてる
これがセクハラって奴か、性別逆だったら吊るしてたな
「ははっ‥宜しくお願いします‥」
若くして店長になったもう一人の男性は
やたら喋るセクハラおばさんの性で素から少なそうな口数がさらに開いていない様だ
「では、連絡は一週間後の昼時に失礼します」型式を述べて返され五日後採用の電話が来た、少し早いが気にはしなかった
勤務が始まると同時にびっくらこいた
スタッフは店長除いて全員女性だった
嬉しいのと肩身が狭いのが同時に来るのと同時に
(店長の楽園に侵入して当たられなければ良いが‥)
と思っていたが
新人の挨拶がてら話をする内に秒で店長がどんな人か解った
何でも人格に問題があるらしく、店長原因でバカバカ人が辞めるらしい、勿論女の子、
中には泣いて辞めた子もいるらしく、それを知った女の子の連携能力は堅く
「店長を決して許せねぇ野郎」
のレッテルを共有している為、彼の楽園というより彼が爆弾落とした跡地に七絶は来た
面接時
「正社員後、勤務態度が良ければ店長もお願いします」
と現年下店長が言っており、横のセクハラおばちゃんも強く賛同していたのは
この跡地を耕す人柱になれということだったのか
「‥俺にあったけ‥カリスマ性‥」
事情把握挨拶を済ませいざ勤務を開始
仔犬の抱き方、猫の爪切り、ブラッシング個体別々のご飯の量計算、ペットホテルに居る犬の散歩、品出し、発注、納品チェック
4日も経つと大体 様になってきた、
「この調子で物事覚えて犬猫の世話して、スタッフともコミュニケーションとり続けるか!」
一週間後 一人辞めた
「えぇ!!?早いよ先輩!!!」
「そうは言ってもねぇ‥アイツと一緒に働きたくねぇから」
二十歳になったばかりのこの職場で唯一のギャル先輩、メイクが少し濃く、良い香水だが匂いの強い そんな彼女は店長にもタメ口で話すスゲェやつ
勿論最初は社会人らしく敬語だったが店長の伝説を肌で知り殺意が沸いているらしく夢の中で殴り殺してるとの事、怖い。
そしてホームセンターに閉店の決まったソングが流れ客が消え、タイムカードを打刻すると
「じゃね〜七絶くん!アイツ居ねぇ時教えてくれたら遊びくるわー!」
「アッ‥ハイっす」
「イヤ、堅ェなウケる」
堅ェとウケる年下のギャル先輩は告げるや否や速帰った、これが一人目だ
二人目はボス各のセクハラおばちゃんの逆鱗に触れた子持ちの三十代の女性 宮村さん十一月の事だった
歳の割に若く童顔もありマイナス五歳位には視えた
七絶と喋る分には問題無いがセクハラおばちゃんネットワークによると
「この店ではこのブラッシング、この量のご飯」と言う指示を出したが
宮村さんは
「ブラッシングを丁寧にしないと毛玉になるしクレームにもなる。この量では仔犬、仔猫が栄養失調になる。」
との事だったらしい
他女の子ネットワークによると宮村派、セクハラおばちゃん派で別れてる為もはや個人の意見を持たずただ賛同してるだけの者も要るのでこちらは参考にならない。
総称すると
セクハラおばちゃんの言い分は
「ブラッシングは他の業務もあるので最低限効率的に、会社がいったからこの量、昨日喰って無い気がするから少し増やす」
宮村さんは
「動物第一。販売目的で無く生体優先。故に会社、セクハラおばちゃんと意見対立」
七絶は宮村さんの方が正しいと判断しているがカバーに入る前にその人は辞表を出し退職
実際七絶の居た会社は先天性の障害を店長の匙加減で軽いとみなした物は隠蔽して販売。
後日医者にワクチンか健康診断に行ったお客様の当たり前クレームが来る
そうすると何故そんな生態を売ったのか問い詰められる
「意味わからんなコイツ」
過去の女の子を泣かせた伝説なんて私には関係無い と思ってたスタッフでもこれは我が身の事、不満は溜まる、人間なら絶対溜まる、そして辞める。
七絶もこんな人を騙す様な売り方を強要されてはクレームを受ける日々、二ヶ月で成れる筈の社員は何故か半年後に
「相場は本来こんなもんだし」
と思ったのも束の間、バイト時代は純利平均二十万の給料が正社員になると「固定給」に変更され十六万に。
「徐々に昇進すれば給料上がるから」
と言われたが
七絶は知っている
清掃会社で二年半勤めて一年ずつで「キャリアアップ制度」と言うのを唄い
年々少額ではあるが時給があがるとの説明を受けたこと、そして一円も変らなかったこと。
俺達はいつでも労基にリークしたい、が平均的なサラリーマン、オフィスレディにそんな勇気は無い
バレればどんな攻撃を受けるか、そんな情け無いのが人間だから。
中には
「夢があるから働き続ける為そんな行動は‥」
「子供がいる、家族がいるから‥」
綺麗な言い訳で保護して自分に嘘をついて生きるしかない者
実際にその「信念」は綺麗だし「発言」は嘘じゃ無い
「心」に嘘はついてないか、と言うこと
七絶もそんな脆弱な人間が一人
「夢」を言い訳の盾にして生きて来た、
『金を貯めて月に千円分買う宝くじがいつか大きく当たればいい』
そんな薄い切望にしがみつく自分の力で何かを変えようとせず天命に身を預ける愚か者だった。
「‥俺は十六万の犬か‥‥」
小さな声で呟いたが七絶には何かのカウンターが限度を超えて溜まっていた
十二月、女の子ネットワーク内のカリスマ河野ちゃんが辞める事に
理由は付き合っていた彼氏がこの店のトリマー側で店長をしていたのだが
彼はしょっちゅう遅刻してたらしく、それを良しとしないトリマー副店長がこちらの生体販売店長に告げ口、日頃の苛立ちもあったのだろうあること次いでにない事も加え社長に報告
案の定また遅刻し遂には社長から電話、言い訳を述べるも信頼されずその後電話をしたら着信拒否設定
職場にも会社にも居場所が無いと追い詰められ音信不通になったらしい。
遅刻は勿論宜しくは無いが一番の問題はやはりこちらの店長。
まだトリマー側の副店長の意見なら解る
遅刻するたび本来対応する筈のお客様待たせて謝罪の電話もしたらしい
だが問題はこの詐欺売押し付け店長だ
トリマーの副店長は正直三十代にしては美人のスレンダーなお姉さん って感じの人だった
茶髪で背は百六十後半くらい メイクは目尻のアイライナーがハッキリとした印象だが他のメイクは濃くない
中国人の美人さんみたいな感じ
まぁそんな女の人に助けて言われて調子に乗ったのは七絶にも女の子にお見透し
無いこと迄付け加えて精神的に追い込んで辞めさせる、しかもそれに社長も乗っかるって‥改めて人道的にやべぇなこの会社と思った
七絶はいつ辞めてもいいと思った
そして大人しいこの男がキレる
もう無理だって‥ 九自 一希 @kuyoriiki
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