【KAC20224】愚かな大統領

井澤文明

お笑い/コメディ

「人はなぜ、コメディを見るか、分かるかね?」


 大統領は問いかける。私は質問の意図が分からず、首を傾げながら答える。


「面白いからでしょうか?」

「もっと本質的な話をしてるんだ、ボクは」

「本質的、ですか?」


 大統領は大きく頷く。


「人間は健康に生き、またより多くの子孫を残せるように進化し、そういう風に体は設計されている。分かるかね?」


 彼の自論に色々と意見はあるものの、言葉を飲み込み、静かに頭を上下に振った。


「人間は笑うことで健康になるんだ。笑うことで酸素が体内に取り込まれ、脳内でリラックス効果のある物質が分泌されたり、身体中の筋肉や部位が刺激されることで脈拍や血圧も安定する。いいこと尽くしなんだ、『笑い』という行為は」


 どこかの偉い学者が自らの発見を自慢げに披露するかのように、大統領は胸を張る。


「それで、大統領閣下は何をお考えなのでしょう?」


 私の言葉を待っていたと言わんばかりの笑みを浮かべ、彼はつらつらと答えた。


「現在、我が国は平均寿命は大きく伸び、その影響で医療を必要とする人々の数も増えている。だが医療費は高い───そこで、ボクは考えたのさ」


 嫌な予感は的中した。


「コメディに関わる業界に、もっとお金をかければいいんだ!」


 芸術やコメディ、つまりはエンタメ業界を現在よりも支援し、人々をより笑わせることで健康寿命を伸ばし、また同時に医療を必要とする減らそう、というのが彼の主張だ。


「正気ですか?」

「ボクはいたって真面目だよ?」


 真面目も真面目、大真面目だった。

 彼はこの計画を実際に実行できそうな人材を集め、本気でやろうとしている。集められた人々は彼の意見に賛同するような者しかいないのが恐ろしい所だ。トントン拍子で計画は進んでいく。

 しかし事態は変わる。この計画がリークされたのだ。

 当然、世間は大統領の愚行を許さない。コメディの支援に力を注ぐよりも、医療や福祉など、他にもやるべきことがあるだろう、というのが世間の主張だ。


「ああ、なんでこんなことに───ボクは国民の健康を思って、この計画を進めていたのに」


 大統領は執務室の机で白髪とシワが増えた頭を抱える。

 執務室の窓から、遠くの方でカメラやマイクを持って彼が現れる所を待ち構える記者たちの姿が見えた。

 私は彼に背を向けて、小さく笑う。


「良かったじゃないですか。国民はきっと今、あなたのおかげで沢山笑っているはずですよ」

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