笑う門にはマシンガン

真野てん

第1話

 笑うことが禁止されてから一体どれだけの時が経っただろう。

 はじめは人種や性別の違いからくる差別や、身体的な特徴をあげつらって笑いを誘うなどした行為を撤廃させるためという至極まっとうな理由だったように記憶している。


 だがいまはどうだ。


 幸せを感じた時のように自然と沸き起こる気持ちや、かわいい我が子や動物を見たときにあふれ出る慈愛からの微笑みすら許されなくなった。


 街には無機質な表情を張り付けた人々であふれ、監視カメラに口角の上がり具合や、歯の露出率まで見張られている始末。

 なかでも強烈なのが、低空を飛行しているドローンたちの存在だ。

 ヤツらは人間の自律神経を常にモニターしていて、副交感神経が優位になったかどうかで人間が「笑った」ことを判断している。


 笑ったことがバレたならば、搭載されているマシンガンで即座に処刑される。

 そんなイカれた機械の名前が「裸の銃を持つ男ザ・ネイキッド・ガン」とは笑わせる――おっといけねぇ、撃たれちまうぜ……。


 こんな悲惨な時代だが、人間の笑いたいという欲求はなくならない。

 だからこそ俺たちみたいな地下抵抗組織レジスタンスが必要なんだ――。


「参ったな……」


 オレンジアフロのピエロの恰好をした俺は、いま窮地に立たされていた。

 相棒の禿げヅラ親父ことカトチャンは、すでに腹に銃弾を食らっていて虫の息だ。


 俺たちは子供たちを笑わせるため、秘密裏に児童施設を回ってはコメディショーを演じている。言葉は通じなくても、下ネタとどたばたギャグは万国共通でよくウケた。


 いつもはあの忌々しい機械どもを難なくかわしていたが、今日はうまくいかなかった。

 人間だ。政府の犬どもが俺たちを追ってきたんだ。


「いよいよ年貢の納め時ってわけだ」


「……お、おい、ケン。相棒……おまえだけでも……にげ……」


「バカいうんじゃねえよ。最高のシチュエーションじゃねえか」


 俺は相棒の腕に鎮痛剤を打つと、おもむろに立ち上がった。


「よう、相棒――笑わせてくるぜ」


 俺は隠れていた物陰から勢いよく飛び出すと、両手を上げてちからいっぱい叫んだ。


「うんこちんちーんっ!」


 ピエロの恰好に加え、下半身を露出したこのスタイル。

 しかもオールドファッションの荒唐無稽なギャグ。

 これで笑わないヤツがいたら教えてほしい。


 だが俺はある計算ミスをしていた。

 なんと俺たちレジスタンスを迎え撃つはずの政府側の保安部隊シェリフたちもまた、下半身を露出させていたのだ。

 つまり笑いを誘って、違反者をあぶり出すために。

 こんな――こんなくだらないことで――こん、ぶっ!


「あはははははははははっ!」


 笑っている。

 保安部隊の連中も俺も。

 ここ数年、笑いを我慢しているこの世界は、どいつもこいつも沸点が低い。


 ずがががが――。

 容赦なくマシンガンが乱射される。

 俺も、そして政府の犬どももあっけなく死んでいく。


 でもこんなに笑ったのはいつ以来だろう。

 あとは任せたぜ、相棒。


 誰もが自由に笑える世界へ。

 うんこちんちん。

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