試用期間のどっちやねん

石田宏暁

お笑い/コメディ

 試用期間の一ヶ月がたとうとしていた。営業職はたったの三人、事務員の私が一人の中小企業。お給料が良いわけでも待遇が良いわけでもないけど、何故か社員は魅力的だった。今日も営業部の課長が部長に呼ばれている。


「これはなんだね、藤田くん」第二四半期の予算表を捲りながら、薄い頭を抱えた部長は、営業部の藤田課長に詰め寄った。


「それは予算の書類でーす!」


「予算の書類はわかっとるわい」


「わかっとるなら一々聞かないでください!」


「内容の話をしとるんだ。忙しいのはわかっとるが、こんな予算じゃあ赤字だろう。見直してくれよ――」


 なかなか大きめな声で見たまんまのことを言う藤田課長。軍隊じゃないんだから大きい声を出す必要はないし、食い気味で応えるのも良い。そう、ここの社員は少し変わっている……私は既に笑いを堪えきれなくなっていた。


「介護用品もパッとしないし、やっぱり防災用品の扱いを増やしますか。世の中の危機感も増してますし」藤田課長は私の顔を覗き込んで会話をふってきた。


「鈴木さんはさ、怖い災害っていったら何だと思う?」


「は、はい」ここは私も、場の雰囲気を読んでマトモに答えた。「やっぱり、一番っていったら地震ですよね。揺るがないと思います」


「地震だけど、揺るがない!」何故か大きい声で部長が繰り返す。無表情、突っ込みなしに藤田課長は、後輩のほうへ踵を返した。


「……」


「畑中はどう思う」


「俺ですか?」キーボードから手を離し、眼鏡を吊り上げる仕草。少し間をおいて若手の畑中くんは答えた。「ここは……アースクエイクでも揺れないスポーツブラを」


 スパーンっと小気味よいドツキがはいる。エリートっぽい畑中くんの整った髪が逆だったが、誰も笑ってはいない。


「じゃ、部長。コロナ関連の仕入れ減らして地震防災関連で修正予算だしますよ」


「地震だけど、揺るがない!」


 きっと天丼。同じことを繰り返して笑いを誘うお笑いのテクニックだ。でも、部長は誰に向けて笑いをとりにいっているのだろうか。もしかして私――。


「俺は落ちこぼれでしょうか」畑中くんは急に肩を落としてため息を付いた。「だって、みんな立派に仕事をしている。俺の能力がないからいけないのでしょうか。課長は、俺が落ちこぼれだと思いますか」


「な、泣いてるのか、畑中。そんなことはない。誰だって攻撃中に『ためる』を使ってる間に別のやつが倒してたって経験はあるんだ」


 ドラクエかなにか、ゲームの例えだろうか。そんな話をいきなりされて理解できる人がいるのだろうか。今になってスゴく落ち込んだ顔をした畑中くんには絶対に届かないドラクエあるあるなのに、通じている様子だった。


「だって、だって俺って、ずっと馬車に乗ってる二軍扱いですよね」


「大丈夫、大丈夫だ。いざとなったらパルプンテって方法もある」


 一発逆転を狙ったうえ、成功率も低い魔法。何が起きるかわからないし、失敗したら死ぬやつじゃなかったかしら。駄目だわ、笑いを堪えすぎてお腹が痛くなってきたわ。


「ありがとうございます。じゃあ、自信持っていいんですね」


「もちろん、駄目にきまってるだろ!」


 駄目なんかい。部長の顔を見ればが、自信と地震をかけてタイミングを狙っているのがバレバレだった。くるぞくるぞ――。


「じゃ午後一で、予算修正よろしく」


「すかすんかいっ!」


 私は前のめりに倒れそうになって叫んでしまった。せめて試用期間が終わるまではマトモに仕事のことだけ考えようと思っていたのに。


「おっ!」「おおっ!!」「おおおっ!!!」


 三人の視線が集まり、私を囲む。いつも賑やかな事務所に沈黙が流れた。私は緊張でゴクリと喉を鳴らした。


「……」


「鈴木さん、やっと打ち解けてくれたね」と部長は微笑んだ。「ほら、女性社員はみんな、こんな化け物みたいな部長ワタシのいる会社は辞めたいっていうでしょ。君みたいな若い社員が入社してくれたのは嬉しいんだけど、なるべく明るく楽しい仕事場にしようって話していたんだ」


「そ、そうだったんですか」


「試用期間は終わりだね」藤田課長は私の肩にそっと手をかけた。「君は畑中を変態扱いしなかったし、部長を化け物扱いしなかった。ドラクエ三昧の僕のことにも理解があるみたいだし、やっと突っ込みをいれてくれたから――合格だよ」


「藤田課長は、もともとのキャラでしたけど」畑中くんが言う。「少しでも、明るく楽しい雰囲気にしようって言ってました」


「そんな、気をつかっていただいてたんですね。う、嬉しいです。っていうか今、言ってたのは部長と課長のどっちやねんって突っ込んだほうが良かったですか?」


 畑中くんは眉根を下げて優しい目をした。ゆっくりと首を振って、なにも心配いらないと告げていた。そっと私に向けて右手を差し伸べた。


「じゃあ、結婚してください」


「はい、不束者ですがよろしくお願い致します……っていうワケないでしょ。あなた達、仕事してくださいよ。この業績で遊んでる場合じゃないでしょ」


「「アハハハハハハ!!!」」


「冗談がきついね、鈴木さんは、ハア〜仕事しろだって。あぁ〜面白い人だな」


「いえいえ、藤田課長ほどじゃないですよ」


 私はこの会社を試用期間が終わると同時に辞めることにした。半年後には会社じたいが無くなっていたので後悔のしようもなかった。



            〈おしまい〉





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試用期間のどっちやねん 石田宏暁 @nashida

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