種族変われば“ツボ”変わる
寺音
種族変われば“ツボ”変わる
「来た来た! おーい、ハル! こっちだ」
大学校内のカフェテリアで、友人のジャックが席に座り手を振っている。その向かいにはもう一人の友人、エリックが既に腰掛けていた。
「ゴメンゴメン、前の講義が長引いちゃってさ」
僕はジャックの隣へ座り、机の上に今日のお昼ご飯のトレーを置く。メニューは本格派のカレーとナンのセットである。二人は既に昼食を食べ終えているようだ。
僕のトレーの中を見て、ジャックが露骨に顔を顰める。
「おいおい、よくカレーなんか食えるな。俺は色んなスパイスの香りとかがいちいち鼻にきて、どうも苦手なんだよなぁ」
「あ、そうか。ジャックは人間より嗅覚が鋭いもんな」
僕が通う大学は異文化交流を推進している。よって友人の国籍や種族も様々だ。
少し灰色をした髪の毛に、八重歯が眩しいジャックは狼男。向かいのサングラスをかけた金髪の美形、エリックは吸血鬼だ。
そして僕は人間と見事にバラバラだったが、割と仲良くやっている。
「うっかりしてたよ。どうする? 食べてる間だけ席を外そうか?」
「いや、良い。人が食べてる間くらい我慢するさ」
ジャックは少し顔を背けながらも、手を軽く振って笑う。僕がお礼を言って改めてカレーに手を伸ばすと、今度はエリックがあっと声を発する。
「その、トレーの上にあるのはまさか……トマトジュースでは!?」
「そうだけど――え、トマトジュース駄目だったか?」
「逆だ!!」
エリックは叫ぶと突然立ち上がった。興奮の為が、青白い肌が僅かに紅潮している。
「僕たち吸血鬼の血液の代用品として有名なトマトジュース。しかし人間にはイマイチ人気がなくて入荷が少ないのか、近隣の吸血鬼の買い占めによりいつも売り切れで買えないのだ! それを一体どこで……?」
「ぼ、僕ん家の近所の顔見知りのおばちゃんにもらったんだけど……飲む?」
「――いただこう!!」
サングラスの内側から瞳を輝かせ、エリックは僕からトマトジュースを受け取った。まるで表彰状でも受け取るように、両手で恭しくそれを持つ。
「にしても、吸血鬼って本当にトマトジュース飲むんだな。俺はてっきり吸血鬼ジョークかと思ってたぜ」
「ジョークなもんか! この色とちょっとドロッとした所が堪らないのだよ」
エリックは紙パックのトマトジュースを、恍惚とした表情で飲んでいる。元が美形なので顔だけなら絵になっていた。
「そうだ。ジョークと言うより笑い話なんだが……この前寝ずにレポートを仕上げていた時にだな」
エリックがストローから口を離し、少し斜め上を見ながら話し始めた。
「いくら僕が吸血鬼とは言え、その夜はどうにも疲れて眠くてな。市販の栄養ドリンクというものを初めて飲んでみたのだ。そしたら猛烈な吐き気と目眩に襲われて、気がついたら気絶している間に夜が明けていた!」
「は? なんだよそれ、一体何飲んだんだよ!?」
「後々よーく見てみれば、その栄養ドリンクには『ニンニク成分入り! これであなたもパワー全快!』と書いてあったんだ。ははっ! まさか、吸血鬼の間で『あるある話』として語り継がれている失敗を、自分が犯してしまうとは思わなかったよ!」
「『あるある話』……」
よくあること、なの、か。
「パワー全快どころかパワー全壊だよ!!」
エリックはおかしそうにゲラゲラ笑いながら、膝を叩いている。
おい、美形吸血鬼のイメージ台無しだぞ。
「吸血鬼の笑いのツボって、本当に分かんねぇ」
ジャックは冷めた口調で呟き、缶コーラを開けて飲み始める。
「何と!? 吸血鬼界隈ではこのネタだけで一晩語り明かせる程の鉄板ネタだぞ!? まぁ、母にこの話をしたらひとしきり爆笑した後『まぁ、エリック。今度からはちゃんとノンガーリックの製品を選んで飲まないと』と有難い忠告を受けたのだが」
そんなノンシュガーみたいに。
「やっぱり分かんねぇな。ああ、笑える失敗談と言やぁ……」
ジャックは手元のコーラを飲み干すと、含むような笑い声を上げた。
思い出し笑いと言うやつだろうか。
「これは、俺の従兄弟の話なんだがな。ある時従兄弟の友達がパンケーキ焼いてくれたんだと。従兄弟が食ったことないって言うもんでさ。そしたら……ははっ! これが傑作なんだが、なんと丸いパンケーキを見て満月だと錯覚して変身しちまったんだよ!!」
「ええー……」
ジャックは一人でお腹を抱えて笑っている。
僕とエリックはと言うと、狼男のイメージが崩れて正直少し引いていた。
「スポットライトや信号機、テニスボールで変身しそうになるのは、あるあるだけどよ! パンケーキはねぇだろ!?」
「それ狼男あるあるなの!?」
満月だけじゃないのか。それ、丸くて黄色い物ほとんどアウトなのでは。
「狼男、迂闊すぎでは?」
ジャックも口元を引き攣らせている。
「迂闊とか言うな! 親父に話したら『パンケーキは流石にねぇが、テニスボールはなー。アレだよな、転がるってのがまた本能を擽られちまうんだよな。分かるぜ』って言ってたぜ。つまり本能の問題なんだよ」
「所詮は犬と言うことか」
エリックの言葉に思わず僕も頷いてしまう。
ジャックは不満げに口を尖らせ、空き缶を指で弄んでいる。
「何だよ、二人して……。そうだ、ハルお前はねぇのか? そう言う失敗談的な笑い話」
「え、僕?」
「そうだな、お前だけ何も話していないではないか? 何かないのか、面白い話は」
エリックが無闇にハードルを上げるようなことを言ってくる。ジャックも興味津々で僕の顔を覗き込む。
いやいや、この流れで言っても笑えないと思うけど。仕方がないので、僕はこの前バイド帰りに経験した話をすることにした。
「この前バイト終わりに夜道を歩いててさ、少し先に行ったところに白い物が見えたんだ。丸まった白い子犬に見えてさ、僕は愛でようと嬉々として近寄った。そしたら——ただのコンビニのビニール袋だったんだよね!」
なんかいい感じに耳とか尻尾とか、それっぽい形になってたんだよね。暗いからつい間違えちゃったよ。
僕が笑いながら言うと、二人は真顔でこう言った。
「え、お前視力大丈夫か? 眼鏡とか作った方が良くないか?」
「あり得ない。ビニール袋と子犬は間違えないだろう? 相当疲れていたんじゃないか。今のバイトが余程キツイのか、手伝うか?」
「――これだから夜目の利く種族は!!」
笑い話のつもりだったのに、本気で心配されている。そりゃ、狼男と吸血鬼の視力じゃそんな間違い起こさないだろうけど。
ほら、やっぱり笑えなかったじゃないか。何だか僕らを取り巻く空気が、気まずい感じになってしまっている。
「あのさ」
そこで僕は空気を変えるべく、二人にある質問を投げかけた。
「二人とも、昨日の『限界マックスプリンセス 魔女っ子ティンクル』の第八話、後半からの展開をどう思う?」
「そ、それは——」
二人は息を呑む。ジャックは拳を握り、机に軽く打ち付けた。
「神、としか言いようがないな……」
「あの展開に今期のアニメの中で、いや、僕の中でナンバーワンの作品に躍り出た」
エリックも額に指を当て、しみじみと呟く。
「そうだよね、最高に笑えたよね!」
ちなみにこちら、ハイセンスギャグアニメである。
「では本日も全ての講義が終わり次第、部室に集合して語り合うと言うことで」
「勿論だ!」
「了解した!」
僕らは同時に深く頷いた。
そう、なんだかんだで割と、上手くやっているのである。
僕らにはアニメと言う共通の“ツボ”があるのだから。
種族変われば“ツボ”変わる 寺音 @j-s-0730
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます