卓上話劇

ハヤシダノリカズ

第1話

「なぁ、全自動卓買おうぜ」

「バカ。あんなもん普段邪魔でしゃーないからな。ここがオレんちだという事を忘れるな」

 めんどくさそうに牌を混ぜながら提案するカズトと、即座に否定する家主のタカシ。気心のしれた仲間同士で行う手積みの麻雀は山の長さもマチマチで、新規入会の人間が几帳面な人間だったなら辟易とするだろう。まぁ、この4人のメンツは長く変わらないままだし、日程調整も4人程度なら難しくもない。几帳面な人間が新規参入する事は今後もおそらくないだろうが。


「さてさて、イイ手牌来てくれよー!」

「カズトは毎回それを言うよな」

「そういうヒロユキも配牌の時に、願掛けみたいな仕草をするよな」

 カズトとヒロユキとタカシがそれぞれ好きな事を言いながらカチャカチャと牌を整理している。対局の始まりだ。

「ルールはいつもどおり。恨みっこなしだぜ」

 オレも配牌をにらみながら会話に加わる。


「あ、それ、ポン!」

 下家のヒロユキがオレの捨てた字牌を鳴いた。オレはヒロユキの顔を見る。アガリに向けた方針が決まったのか、迷いが無さそうに見える。

「ちぇっ、早い仕掛けだな。千点でオレの親を蹴る気か」

 オレはヒロユキに探りを入れる。

「さぁ、どうかな」

 もちろん、ヒロユキははぐらかす。正直に答えない事も麻雀というゲームの醍醐味だ。

「ここんとこさ、良く悪夢を見るんだよ」

 ヒロユキは唐突にそんな事を言いだす。

「目が覚めても印象に残ってる悪夢が結構多くてさ。例えば、商談に行った先で口を滑らせて仕事がオジャンになる夢とか」

「それは寝汗べったり系の夢だな」

 カズトはそう合いの手を入れながら手牌を睨み、手を動かしている。麻雀の進行はゆっくりと、滞りなく進んでいる。いつも通りだ。


「そして、その悪夢から数日後に、その悪夢で見たのそっくりそのままのシチュエーションが現実に起こるんだよ」

「マジかよ。それは面白いな」

 今度はタカシが合いの手をいれる。

「面白くはないぞ。そん時の内心は『やべー、あの悪夢のまんまだ。あのままをなぞってしまうととんでもない事になる!』ってヒヤヒヤものだからな」

「と、いう事は、その悪夢の危機は回避できた訳だな?」

「そうなんだよ。ソレ、ロン」

 オレの言葉を肯定しながら、オレの捨て牌でヒロユキはアガッた。


「まぁ、夢ってのは、現実に対するシミュレーションって話もあるし、また、現実世界で真摯に努力してたり戦ったりしている人は悪夢を見やすいとか、現実世界で頑張っていない人ほど、現実逃避として幸せな夢ばかりを見るなんて言うものな」

 千点棒をヒロユキに渡したオレは乱暴に牌をかき混ぜながらそう言った。

「それにしても、なんでそんな話をし始めたんだよ、ヒロユキ」

 千点とは言え親が流されて悔しいものだから少し口数が増えて、オレはヒロユキに悪夢の話の続きを促した。


「シミュレーションってのは正にそうなんだ。印象深い悪夢を見た数日後にそのシチュエーションがやってくる。でも、夢でやってしまった最悪の行いをオレは絶対にしない訳だ。それで、最近、危機を未然に回避出来てるんだよ。悪夢って悪くないぜ」

「だから、それは分かったよ。オレが聞きたいのはその話をなぜし始めたかって事なんだ」

 のんびり話すヒロユキに突っかかるオレ、という構図には慣れっこのカズトとタカシはニヤニヤしながら聞いている。二局目の山は積み上がった。


「あぁ。三日ほど前に今日のこの麻雀の夢を見てさ」

「ほぉ」

「へぇ」

「お、未来予知!えらく庶民的な」

 オレとタカシは感嘆詞を吐き、カズトは妙な相槌を打つ。

「で、さっきのあの鳴きをしなかった事で役満に振り込んでしまうという夢だったんだ」

「マジで?」

「あーーー」

「役満回避出来たんなら、庶民的じゃないな」

 カズトの妙な相槌の裏で、タカシが間延びした声をあげている。


「なんだよ、タカシ。『あーーー』って」

「コクシ行ってたんだよ、オレ、さっき! 国士無双!」

「マジかよ!正夢じゃん!いや、回避できたんだから正夢じゃないけど、スゲーな!」

「マジか。オレの悪夢の精度たけぇー!」

 俺たちは顔を見合わせあった。淡々と進んでいた東二局目は少し止まり、それぞれに違った笑顔を見せあった。


「人は誰しも第六感みたいなものを持っているのかもな」

 カズトが言った。

「カズトにはそういうのがあるのか?」オレがそう促すと、

「まーな」とカズトは言う。

「どんなのがあるんだよ?」

「オレには会って話をしてる相手の鼻毛が出てるか出てないかを察知する能力がある」

 カズト以外の三人が同時に吹き出す。

「そんなもん、誰だって持ってるわ!」タカシがすかさずツッコむ。

「イヤイヤ、そうじゃなくてさ。その人の顔を視野に入れていない時にピンとくるんだよ。『あ、この人、鼻毛出てる!』ってな」

「いや、そうかも知れないけどさ、くだらねぇ」

「どーでもいいーー」

「うるせえ、このボーボーどもめ」

 カズトのこの言葉で、カズト以外の三人は笑いながら口元に手を持って行く。手の感触だけでは分かりはしないが。


「タカシには何かないのかよ」

 オレはタカシに投げかけてみた。他人の第六感ってのは面白い。

「んー。これが超常の能力というのかどうか」

「なんだよ」

「オレは奥さんの機嫌が悪い事をめちゃめちゃ気づく」

「それは……、非常に有用だな」

「一緒にいる時じゃなくても気づく!」

「それは、スゲー!」

「会社から帰りの電車内で『あ、今日、奥さん、めっちゃ機嫌悪い!』って気づいたりする」

「それは当たってるの?」

「ほぼ、100パーセント」

「マジかよ、それに気づいた時はケーキとか買って帰ったらどうなの?」

「あ」

 三人の【マジかよ、そんな事も試してないのかよ】という視線を集めてタカシは言った。

「ツモ、ハネマン」

「マジかよーーー!」

 三人の悲鳴が部屋に響いた。


 タカシは結局ケーキによるご機嫌取りをしていなかったそうで、三人は「気の利かない奴め」とか「能力の無駄、これに極まれり」とか「『ツモ、ハネマン』じゃねーよ。バーカ」となじりながらそれぞれに点棒をタカシに放り投げる。

「オマエには、何かそういう特殊能力ってあるのかよ」

 ホクホクの笑顔でタカシがオレに聞いてきた。

「オレにはお前らのようなそういう特別な能力はないなー、カズトの鼻毛はともかく」

 と、オレははぐらかす。


 言える訳がない。3翻以上の当たり牌を捨てようと手に持つと、電気が走るようなピリピリとした指先の感覚があるなんて。そのおかげでオレが負け知らずだなんて言える訳が無い。この麻雀の会が荒み切らないように、わざと当たり牌を捨てる事すらオレはしているから、その辺りを知られたら友情にもヒビが入るかも知れないからな。


 麻雀の役の中で、最も作りやすく上がりやすいと言われている役であるピンフが平和と書いて安い点になりがちという事を思い出しながら、『平和が一番だよな』とオレは目の前のピンフになっていきそうな手牌をじっと眺めている。


 平和に勝るものなんて、この世にはない。


 第六感は使いよう、だ。

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