春は来るか
麻倉 じゅんか
それは春のことだった
「自慢じゃないが、俺の勘はよく当たる方だ。
だから止めておけ、そんな事」
俺は彼女にそう言った。
すると彼女は俺の忠告を聞いてくれたのか、さあっと軽やかに木の上から降りていった。
「……手間のかかるお転婆だぜ、ミケは」
いつも木のてっぺんまで登っては降りられなくなる愛猫を、今回は止めることができて、ほっとした。どうせ、降りられなくなった彼女を抱きかかえて降りるのは、俺の役目になるだろうから。
もう何年になるだろう、捨て猫だったミケを拾ってから。
それが何故か今日は無性に気になった。
彼女を拾ったあの日、俺は別の彼女に捨てられた。相手はもちろん人間だ。
そんな気はしていた。俺の勘はよく当たるから。
肌を重ねるとか、彼女とはそんなに深い仲だったわけじゃあない。
「じゃあ私たち、つき合っちゃおうか」
その程度の軽いノリで、子供が恋人ごっこをするかのようにつき合い始めた。
それでも俺は満足だった。
最初の頃は、こんな、ぱっとしない俺でも恋人が出来たんだと喜ぶぐらいでしかなかった。
だけどつき合いを重ねるうちに、俺は次第に彼女に惹かれていった。
俺には無い、彼女の魅力に気付いた時……もう手遅れだった。
いいんだ。これで良かったんだ。彼女は俺の腕の中から離れていったけれど、それで良かったんだ。
空を見上げて、心の中でそう呟いた。
いつかまた出会った時には、こんな事もあったと笑って話せる日が来るんだ、そう俺の勘が告げている。
――その日は意外に近かった。
少し小腹が空いたので、コンビニに行こうと街へ出た時だ。
――元カノを見つけた。
彼女は何故かコンビニと隣のビルの隙間の路地でしゃがんでいた。
「たった数日で、ゴミ漁りするほどに落ちぶれたのか」
「うるさいやい!」
彼女は涙目でそう言った。
「……東京の大学に行く、って言っていたよな。受験して、そのままそこで東京にある親戚の家に世話になるって。
なんで戻ってきている?」
「実家に戻って何が悪い!?」
「や、悪くはないけどさあ」
何があったのか察しはつく。が、それは口にしないでやる。
「……ああ。暇だったら、これから昼飯にラーメン食いに行く。つき合え」
「私はお前をフッたんだぞ。それを誘うのか?」
「誘って何が悪い。『恋人』が『友人』に戻っただけだ。何の問題もないだろう」
「……仕方ないなあ」
少しグズってから、彼女は俺の誘いに乗った。
「アハハハ!」
「笑うことないでしょう!」
昼を少し過ぎた地元の小さなラーメン屋に、客は俺と彼女の二人だけだ。
そこで彼女が打ち明けた話を盛大に笑ってやった。
「これが笑わずにいられるか。まだ入試を受けただけで、結果は出ていないんだぞ。
なのに失敗したとか勝手に思って、帰ってくるとか」
「しょうがないじゃん。問題見て、答えが全然分からなかった。
だから空欄はテキトーに埋めてやったけど、どう考えてもダメだ、アレ」
さっきまでの元気はどこへやら。彼女はヘコんで俯いていた。
「……ダメなんだよ。私、意外と小心者なんだよ」
……彼女が涙声でそう小さく呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
―― 一転、彼女は顔を上げたかと思うと俺に噛みついてきた。
「いいよね、地元に就職先があって生まれた時から内定している人は」
どう見ても逆恨みだ。
「バカ言え。生まれた時からお前はウチの跡取りだ、ってさんざん言われて育てられて、他に夢が持てなかったっていうだけだ。
こっちはこっちでお前とは別ベクトルの苦労してんだ」
「あー……ゴメン」
素直に自分の非を認めて謝れるのは彼女のいい所の1つだ。
「…………」
少しの間、沈黙が続いたあと、彼女は突然言った。
「よし決めた!」
「ん、何を?」
「私、滑り止めの方に行く!」
彼女は立ち上がり、誰にともなく宣言した。
「いいのか、それで。そっちは地元だろう」
「いいんだよ。学校の先生なんて、そっちでもなれる!」
「都会に行く夢は? 東京のような大都会での生活にも憧れてただろう、お前」
「もういい、分かったから」
「何が?」
「君のいない大都会なんて、コンクリートの生えまくった牢獄だ!
だから同時に君に物申す!
復縁を要求する!」
堂々と言ってのける彼女に、俺は吹き出した。
「いい根性してるよ、お前」
「悪かったね」
「褒めてるんだよ、いい意味で。
でもな。いいのか、今度つきあえば永久就職になるぞ」
彼女の顔が紅く染まった。が、彼女は威勢を崩さない。
「どんとこい! 受けて立つ!」
――どうだ。俺の勘はよく当たる。
春は来るか 麻倉 じゅんか @JunkaAsakura
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