第六感、呪いの人形

ヘイ

霊感

 人間には大なり小なり五感では説明のできない感覚がある。

 例えば、直感であったり霊感であったりと。凄まじい物では未来予知とも思えるほどの物まで。

 この感覚を人は、第六の感覚として第六感と呼ぶ。第六感は霊感、直感と分類されるが一人につき何れか一つ。

 霊感がない人間には直感が備わる。

 直感のない人間には霊感が備わる。

 

「何というか……君は今日も不運だな」

 

 ただ、直感も働かず霊感も全くない男が一人だけ存在した。

 御手洗みたらい巳燈みとうはありとあらゆる不運に愛された少年だ。本来的に備わっている危機察知能力が欠けているのだ。

 霊感もなく、直感もないからこそ避け難い危機が彼を襲う。

 

「私も同情するよ」

 

 巳燈の姿は大変に見窄らしい。

 身体は土だらけ、頭からは血が垂れている。腕には犬に噛みつかれた後も見える。

 

「それで、巳燈くん。今日は車に轢かれなかったのかい?」

 

 金髪のショートヘアに白のワイシャツ一枚と黒のスキニーパンツの女性は高級そうな黒い椅子に座っている。

 

「まあ、幸いですね」

「君は車に撥ねられてもケロッとしてるから分からないな」

「車に撥ねられると痛いんですよ……」

 

 巳燈の身体を心配しているように見えて人体の神秘に驚愕を覚えている。

 

「痛いで済むあたり人間を辞めてるな」

「超回復って知ってます?」

「限度があるのさ、人間にはね」

 

 巳燈の言葉にため息を吐きながら彼女は返す。

 

「ところで仕事なんだけどね……」

 

 彼女は話を切り出した。

 本題はこれだ。

 

「…………」

「嫌そうな顔しないでくれよ」

 

 直感は働かない。

 霊感は何一つない。

 だが経験から物は言える。

 

「あの、美玲みれいさん」

「何かな?」

「俺も美玲さんと同じオカルト系の仕事に連れてって欲しいなぁ……と」

「却下」

 

 金川かながわ美玲は巳燈のお願いを一切考えるそぶりも見せずに否定した。

 

「まず、巳燈くんって霊感ないだろ。やっても無駄。無駄なのよ。まあ、呪いの人形の回収とかなら任せても良いんだけどさ。まあ、今日は特にはそういうのじゃないし」

 

 霊感のない人間が幾ら呪いをぶつけられた所で意味はない。

 ならば美玲も巳燈に遠慮なく仕事を任せられるという物だ。

 

「それで君は警察から捜索協力の出てる芦間あしま李人りひとを見つけるという事なんだけど……」

「あの。一応、美玲さんって探偵ではあるんですよね?」

「まあ、オカルト関連のことをしてたら付いてきただけの物ではあるけど」

「どっちかっていうと、こういう事の方が」

「私より巳燈くんの方がこういうのは適性があるのさ。適材適所って奴」

 

 美玲としてはあまり興味はない。

 探偵と名乗る方が楽だから世間に合わせているだけにすぎない。

 

「ほら、早く行ってきてご飯でも一緒に食べに行こうか」

「はいはい。今日はラーメンがいいです」

「うん、分かったよ。いってらっしゃい」

 

 事務所を出ていく巳燈を見送り美玲も仕事に向かう。

 

 

 

「えーと、それで。依頼というのは?」

「実はですねぇ……」

 

 美玲が訪れたのは少しばかり古さを感じる大きな家。洋風建築の家に住まう老婆からお願いがあるとのことで出向いたのだ。

 

「…………」

 

 美玲はこの屋敷を知っている。

 通り過ぎる時に感じる微かな不気味に警戒を抱いていたのだ。それが今は残り香のような物で、前ほどの悍ましさを感じない。

 

「あの、美玲しゃん?」

「申し訳ありません。それで、ご依頼の方ですが……」

「それが、ですねぇ。生前、ご主人が大事にしていた物が盗まれてしまったようで……」

 

 大事にしていた物。

 まさか。

 

「……私が買い物に行ってる最中でして」

 

 美玲の脳内には不気味の正体が過ぎる。

 まず、間違いなく呪いを受けた何かだろう。

 そんな呪いを受けた何かが、どこかに行ってしまった。

 盗まれてしまった、と。

 

「婆ちゃん! もうしかたないじゃん!」

 

 屋敷から小さな少年が現れて告げた。

 

「別に婆ちゃんには大事な物でもないだろ! 爺ちゃんの物だからってそんなにさぁ……」

「けれど、ねぇ……」

 

 口ぶりから彼は孫なのだろうと推測できる。

 

「やっぱり、あの人が大事にしてたんだから」

「……ふん!」

 

 気に入らないのか彼は家の中に大股で戻って行ってしまう。

 

「ごめんなさいね、美玲しゃん」

「ああ、いえ。兎に角、盗品は取り返します。時間がかかるかもしれませんが……」

「ありがとうございます」

 

 呪いを放ったらかしにはできない。彼女の手元に残してもいい事はないのかもしれない。何かに理由をつけて処理すべきだ。

 

 

 

 ケタ、ケタ、ケタ。

 上手く行った。

 狭苦しく、埃臭い小屋の中で厳重に保管されていた人形は久方ぶりに味わう外の空気に悦びを覚えていた。

 都合が良かった。

 空き巣として侵入した男は小屋の中に入ってきた。運良く霊感持ちの弱い人間だった。動きを操るのは難しいことではなかった。

 自らを抱えさせて走らせる。

 西洋人形を抱えて走る男の名は芦間李人。

 空き巣や暴行の罪で追われる男。

 とは言え、解き放たれた今は人形には関係がない。

 

「あ」

 

 正面から声が聞こえた。

 20メートル先の曲がり角、黒髪の青年が現れた。身長は170cmを超え、肉付きは程よく。少しばかり筋肉質だ。

 

「芦間……李人。見つけた!」

 

 下から上へと李人の姿を確認すると恐ろしい速度で青年は走り出す。

 

「ふっ、ふっ……!」

 

 人形は本能的に逃げるように李人を操る。あの青年に捕まるのは不味い。

 

「待て!」

 

 李人の身体は本人の意思とは関係なく動かされている。時速40kmを超える速度だ。陸上100mの世界記録を超える程の速さのはずだ。

 だが、巳燈は肉薄する。

 

「っ」

 

 あり得ない。

 何故こんな身体能力がある。

 

『死ネ!』

 

 人形が呪いをぶつける。

 

「待て! コラァ!」

 

 効果はない。

 何故。

 人形は自らの呪いの通じない相手に恐怖を覚えていた。

 

「待……でぇ、あ? ぎぃっ、あ!!!!」

 

 走る李人を追いかける巳燈。

 横断歩道を飛び出した李人の後ろを大型車が走り抜ける。

 轢かれた。

 人形は何もしていない。

 

『死ンダの、カ?』

 

 勝手に追いかけてきた男が車に撥ねられた。

 馬鹿な話だ。

 

『は、ハハは。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハはははハハハハハハハハハハ!!!!』

 

 余りの滑稽に人形は笑う。

 自滅したのだ。この男は。

 

「待てよ……」

 

 この場を離れようとした李人の腕が力強く掴まれる。

 

「逃がさねぇぞ……」

 

 巳燈は立っている。

 身体に変哲はない。腕も折れず、血も噴き出さず、ただ衣服や肌が汚れた程度で巳燈は李人の腕を掴んでいた。

 

「美味いラーメン食べる為になぁ!」

 

 ちっとも動かない。

 李人への人形の操作も効かない程の力。呪いをぶつけようにも巳燈には通用しない。

 彼に霊感などありはしないから。

 

「あれ? 随分と……あれな人形持ってんな」

 

 李人が持っている人形が目に入って巳燈は奪い取る。

 

「多分、盗品だよな?」

 

 人形が李人の手から離れた瞬間に、李人は膝からがくりと崩れ落ちる。

 

「ご、ひゅっ……ぜっ、はぁ、うっ……」

 

 呪いの人形によって無理矢理に稼働させられていた身体はボロボロで立つことすらやっとの状態。李人は逃げることもできない。逃げようとしたところで瞬く間に捕まってしまうだろう。

 

「西洋人形か……好きなのか、これ?」

「げ、ほっ……かはっ」

 

 答えは返ってこない。

 答えられるほどに回復していないのだ。

 

「──おや、巳燈くん」

 

「あ、美玲さん」

 

 少し離れた場所から美玲の声が聞こえて、人形に向けていた視線を上げた。

 

「お手柄だね、そっちはもう終わりか」

「まあ、警察に突き出したらですけど」

「そっか。こっちはもう少し……と思ってたけど、ちょうど良かった」

「はい?」

「探し物は見つかったよ。今、巳燈くんが握ってるのが呪いの人形探し物でね」

 

 美玲が指差した物を持ち上げて舐め回すように見る。

 

「いや、ただの人形ですよ?」

「呪いの人形だよ。まあ、私が処理するより巳燈くんがそのまま壊してしまった方が安全かも。君、呪われないし」

 

 あの家族に渡すのが危険な気もして美玲は壊す方向で話をつけることにした。探す中で既に壊れてしまっていたと。

 ウソをつくことにはなるが結果的に救われる人間も確かに居るのだから。

 

 

 

「壊れたんだ……」

 

 老婆に報告に来た美玲は孫である少年に出くわした。彼は悲しむ様子もない。

 

「良かったよ、本当に」

 

 ほっとしたような顔をした彼には分かっていたのかもしれない。

 

「婆ちゃんには伝えておくから」

 

 あれが危険な物であると。

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