愛の終わり

延暦寺

第1話

5年付き合った彼氏が浮気をしていた。


現行犯。彼を尾行して、相手と出会って、手をつないだところで声をかけた。彼はしばらく弁解しようとしていたけれど、こちらが聴く耳を持たないと悟ってからは諦めたようだった。相手の女も最初はあたふたしたようなふりをしていたけど、彼が浮気を認めてからは途端にふてぶてしくなって、一言もしゃべらなくなった。同じ会社の同僚だという二人は、もう1年も前から関係を持っていたらしい。今日は顔も見たいから帰ってくるなとだけ言って、私はその場を去った。涙は出なかった。


帰り道、コンビニによってビールを買った。10本ぐらい買った。まだ昼すぎだけれど、飲まないとやってられない気分だった。家に帰るなりプルタブを開けて、ぐいぐい一本目を飲み干した。そこでやっと人心地ついたので、ベランダに向かった。快晴の南の空に薄い月がぽつんといた。今の自分みたいだった。


たぶん気づいていた。1年前、おそらく浮気し始めてからすぐ。だから泣けなかったんだろう。女の第六感なんて言うけれど、それは空から降ってくるわけではなくて、彼と接するうえで五感が捉えた違和感が、過程をすっとばして結果を伝えてくるだけのことなんだろう。彼の挙動、揺れる目の動き、微かな匂い。ちょっとずつ私の知らない彼が増えていって、彼の裏切りのことをきっと、知っていた。


でも、知らないふりをした。居心地の良い彼の隣を離れる勇気はなかった。たとえ彼がもう私を愛していなかったとしても、私が彼を愛していられればそれでいい。それほどまでに彼のことが好きだった。


女々しく彼との思い出を辿りながら静かな酩酊に誘われていく私を、秋風が醒ました。酒に火照った身体に心地よい。周りには空き缶が散乱していて、もう日が沈みかかっている。


5年。


長い。あまりにも長い。私の人生の20%は彼と共にあった。


彼のほかに、私は誰かを愛せるのだろうか。


私ばっかり彼に愛情を搾取されて、彼はうまく遊んでいたことを考えると、自分の不器用なまじめさに腹が立つような気すらした。


日が沈み切って茜色の空に、弱弱しく月が佇んでいた。音もなくゆっくりと山陰に隠れていくそれを見ながら、喪失感が胸を切り裂くのをじっと耐えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛の終わり 延暦寺 @ennryakuzi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ