勇者の素質

日乃本 出(ひのもと いずる)

勇者の素質


 勇者と魔王が、魔王の玉座の前で対峙していた。


「ついにこの時がきた。覚悟しろ、魔王!」

「よくぞここまで来た勇者よ。敵ながら中々あっぱれな奴。ところで、一つ貴様に問いたいことがある」

「なんだ。命乞いならきかないぞ」


 魔王はニヤリと笑みを浮かべて言った。


「そんなことではない。人間の身でありながら、魔族に歯向かうだけでも立派なものだが、それだけでなく、貴様は様々な危機に直面してきても、すんでのところでそれを回避し、我の元へとやってきた。その貴様の危機回避の力の源はなにかと気になっているのだ」

「ふん。お前なんかに教えてやる義理はないが、冥途の土産に教えてやろう」


 勇者は鼻を鳴らしながら語り始めた。


「そもそも、強ければ勇者になれるというものではない。力はさらに大きな力によって潰されるものだ。それはお前だってよくわかるだろう?」

「うむ。まさに今の状況がそうであろう。我という強大な力に、貴様という強大な力が襲い掛かってきている」

「その通り。そして、そういう状況に陥っているお前の思慮のなさが破滅へと向かうのだ。勇者たらんものは、そんな状況に陥ることなど許されぬ」

「ならば、如何にしてそのような危機を回避するのだ?」

「危機を回避――というのは、少し違う。危機を察知しなければならぬのだ」

「ほう? 危機を察知とな?」

「その通り。未来予知とまではいかないが、それに近しいものだ。自分にふりかかる危機を、理屈では説明できぬ勘――それこそ第六感で感じることのできる者。それこそが、勇者の素質を持つのだ。つまり、その危機察知さえあれば、絶対に負けることはないということだ」


 胸を張って言う勇者に、魔王はニヤリと不敵な笑みを浮かべて言った。


「ふむ。しかし、どうやら貴様のその第六感というのは、あまりアテにならんらしいな」


 魔王が指を鳴らすと、辺り一面に煙が吹き出し、その煙が晴れると、おびただしい数の魔物共が勇者を取り囲んでいた。


「さて、勇者よ。危機を察知する能力とやらで、この危機は察知できなかったのか?」


 ゲラゲラと笑う魔王と魔物共。しかし、勇者もまた大きな声で笑いだし、そして言った。


「もちろん、察していたさ。だからこそ、こうしてやってきたのだ」


 すると勇者は構えていた剣を地に投げ捨て、自らも地にひざまずき、魔王に言った。


「どうだ、魔王よ。ここでお互いに本気でやり合えば、俺の第六感としては、共に命を落とし、つまらん結果となる。ならば、俺とお前が手を取り、世界を手中におさめれば、俺は二度と第六感を働かさずにすむというわけなのだが……」

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勇者の素質 日乃本 出(ひのもと いずる) @kitakusuo

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