「視えた! いまキミは、ウチを抱きしめたい~って熱望して」 「ねえよ」
市亀
「そういうウチが大好き?」「普通」
中学二年の
「おはよ~まり様」
「よう」
登校すると、そいつはてくてくと麻理子に寄ってきて、ビシッと腰に手を当てる。
「まり様、」
「うん?」
「視えた! いまキミは、ウチを抱きしめたい~って熱望して」
「ねえよ」
そいつ、クラスメイトの
「ガーン!」
ショックを受けたような擬音を読み上げもする。
「用は以上か?」
「うん・・・・・・いや違うよ!」
「抱きしめたいのも喋りたいのもお前だけだよ」
「違うもん! まり様だってそう思ってるもん! きっとウチ、キミと、いまおんなじ気持ち」
「じゃないわい、ハグしたいんならさっさとせんかい」
「わ~い!」
瑠美花は麻理子の背に手を回して、「ぎゅ~っ」と鳴き声を発しながら抱きついてくる。瑠美花の身長は麻理子よりも二十センチほど低い、瑠美花の頭が麻理子の首の下にすっぽり収まる格好だ。タメの友人というよりも姉妹、あるいは親子のような構図である。
「えへへ、まり様大好き」
「そりゃどうも」
二月の通学路は寒かったし、湯たんぽ代わりにはちょうど良かったりもする。夏場なら三秒で振り払っていた。
「・・・・・・ねえ、まり様」
「なに」
「視えた、いまキミは」
「この時間がずっと続けばいいと」
「思ってるよね!」
「感情にございません」
「しょぼん」
「離れろ、私は先生に用があるんだ」
「じゃあウチもついてく!」
「やめてくれ、私が一人じゃ職員室に行けないみたいだろ」
「え、そうなんだよね!」
「Nein」
「・・・・・・ドイツ語?」
「ハズ・・・・・・じゃない、そこだけ正解だよ」
毎日、そんな感じである。
同じクラスになってすぐに、麻理子は瑠美花と仲良くなった、というか瑠美花がグイグイ近づいてきた。どうも麻理子の雰囲気・・・・・・背が高くて目つきが鋭くてぶっきらぼうなのが気に入ったらしい、それらは瑠美花からすると「格好よくてクールでイケメン」なのだという。気づけば「まり様」とまで呼ばれている、敬称の割に礼儀は感じない口調だが。
一方の瑠美花は、小学生にも混ざれそうなほど小柄で賑やかだ。そう言うと無限に調子に乗るので言わないが、可愛らしい女子ではあるだろう。麻理子はずっと姉妹が欲しかったので、妹のように慕ってくれる姿は愛しかった、最初は。
麻理子は一人の時間が欲しいタイプだし、瑠美花は常に構ってちゃんである。最初は素直に「構って!」だったが、途中から妙な設定が追加された。
曰く、「まり様専用の第六感を身につけたから」「まり様のことなら何でもお見通し」とのことである。毎日のように、というか毎日「視えた!」と叫んでは麻理子の心情を代弁している。いや、できてない。
「まり様はカレーまんの気分」
「肉まんだよ」
「飲みたいのは緑茶」
「コーヒー」
「英語の先生のお話で笑って」
「寝てた」
「週末、一緒に映画館に」
「暑いから家にいたいんだが?」
・・・・・・もうちょっと当たってよくないか?
とにかく。瑠美花の自称・第六感に突っ込みを入れ続けるのが、麻理子のルーティーンとなりつつあった。無駄で無意味ではあるが、まあ、瑠美花のリアクションも充実のバリエーションなので、絶対に辞めさせたいとかでもない。
それに、たまに。
*
金曜夜、麻理子は荒んでいた。どうも部活の同期や後輩たちが、麻理子のことを集団で避けているらしいのだ。確かに、麻理子は空気を読むのが苦手だし、つい教え方が力んでしまうことも多い。必要以上に厳しく言ってしまったと、後から気づくこともある。
そのぶん、周りからの指摘にも素直に聞くように心がけている。だから、厳しすぎたなら言ってくれればいいのだ。それなのに、陰湿なやり口でハブられている、らしい。
幸い、大きな害はない。辛抱強く向き合い方を探せば、麻理子の仲間も増えるだろうと分かっている。
しかし、気が晴れない。
こういうとき、妙に恋しくなるのが瑠美花である。あいつの態度は裏表がない――呆れるくらいに、たまに眩しいくらいに。
とはいえ。普段は頼まなくても瑠美花が声をかけてくるのだ、麻理子から誘うとなると腰が重い。
何か、あいつから連絡ないかな――ぼんやりと思いつつ、スマホに手を伸ばすと。
「お、」
スマホが震えた。瑠美花からのメッセージである。
〈視えたよ〉
〈まり様は、るみかの家に行きたくて行きたくて泣いてる!〉
自信満々の絵文字に彩られた予言、もといお誘いに、頬が緩む。
「・・・・・・たまには当たるじゃねえか」
少し待ってから、返信を送る。
〈勝手に泣かすな〉
〈けどそういえば日曜暇なんだよ〉
〈いこっかな〉
すぐに電話がかかってくる。
「なに」
「まり様、おうち来てくれるの!?」
「まあ、アリかなって」
「ビックリしたあ、どうせ断られる気で送ったから」
「第六感じゃなかったのか」
「だっていっつも外れるじゃんさあ・・・・・・」
「知らん。で、来られたら困るの?」
「いえ滅相もない! どうぞいらしてください!」
時間を決めてから電話を切る。体に変化はないはずなのに、さっきより肩が軽い。あいつの声が、余計なものを吹き飛ばしてくれた気がする。
「・・・・・・やっぱ可愛いよ、お前」
聞こえないのをいいことに、たまには声に出してみた。
*
お宅訪問、当日。
「まり様、せっかく家に来たんだし、一緒にベッドに」
「入らない」
「るみかの膝、枕によさげって」
「首のすわり悪そう」
「一緒にお風呂!」
「着替えねえよ」
「たまにはウチのおっぱい見たいで」
「……もうこんな時間か」
「ほんとに帰ろうとしないで!?」
「視えた! いまキミは、ウチを抱きしめたい~って熱望して」 「ねえよ」 市亀 @ichikame
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