全部、攫っていった
尾岡れき@猫部
全部、攫っていった
病欠で休んでいた、
「
声をかけられてドギマギする。喉元から言葉がでなくて、つまってしまう。いっつもこうなのだ。肝心な時に言葉が出ないし、大事な時に行動ができない。
だから。
心のなかで、だけ。
退院おめでとう、と言う。
手術、本当に大変だったね、って。
どうせ、そんなことは伝わらなのは分かっているけれど。
「ちょっと、喋りかけるだけムダだって」
そして、こういう言葉で突き刺される。
「だって、コイツ、陰キャだよ。何考えているか分からないし。無表情じゃん? 本当にキモいって言うか、さぁ――」
「ありがとうね」
でも彼女はそう言ったのだ。僕の目を見て。
「あ、いや。梨乃ってしばらく入院をしていたから、分からないことが多いのは当然って言うか、さ。い、いつでも頼ってよ――」
芦川が首を傾げた。それから、合点がいったように苦笑を漏らす。
その一連の流れ、僕はまるでついていけてなかった。
「あ、そういうことじゃなくてね」
それから芦川は、僕の方へ、一歩一歩、距離を詰めていく。
「「「「へ?」」」」
僕も含めて、誰もが疑問符を浮かべたはずだ。
「恩田君、ありがとう」
「へ?」
「退院おめでとうって、言ってくれたでしょう? だからありがとう」
僕は口をパクパクさせる。ただただ、コクコクと頷くしかなかった。
✜
昼休みは一人で過ごす。それが定番だった。バカにされなくて済むし、変なタイミングで声をあげなくて済む。視えてしまっても、一人なら特段問題ない。時々、悪い霊にからまれることがあるが、基本はコミュ障。無視をしていたら諦めてくれる。
色々と面倒なことはあるけれど、とりあえずやり過ごすことができれば何とかなる。現実も、悪霊も。
見えるというのとは、少し違う気がする。
あえて言うなら、第6の感覚だろうか。居るのだ。すぐ傍に。察知した時は、ぞわりとした感覚に包み込まれる。
でも結局、何とかしないと「帰って」くれないので、コミュ障の僕が話を聞くしかないのだが。
芦川莉乃との出会いも、そんなシックスセンスが縁だった。
手術中、彼女は幽体離脱をしてしまったのだ。学校には通っていたものの、友達と遊ぶことができなかった芦川は、何のために手術をするのかも分からないと言う。
珍しく――話を聞こうと思ってしっまったのは、芦川があまりにも可憐で。魂が綺麗だったから。
シックスセンスで、それぞれの人なり、魂の色に触れてしまう。自分が清い魂を持ち合わせているなんて思わない。カースト上位の同級生が羨ましいし、彼女持ちのクラスメイトには妬ましい感情を持ってしまう。
でも、魂の質が見えてしまうのは――思いのほか、苦痛だった。
そんななか、久々に見たのだ。
綺麗で触れたいと思えるくらい、美しい魂を。
気まぐれだったんだと思う。
「
踊れもしないクセに何を言ってるんだ、と思う。
月夜。星屑の海のなか。
病院近くの誰もいない公園で。
観客は野良猫たち。僕と仲良くしてくれる気の良い連中だけ。
芦川の本体は絶賛、手術の最中なのに。
――起きるの怖い。
――戻るのが怖い。
そう芦川が言うから。
――同じ学校だって知ってた?
そう僕が言う。
――もしもさ。
――え?
――もしも、芦川が、俺のことを憶えていたら。
――うん。
――その時は、友達になって。
星が降りそうな夜に、そう約束を交わして。夜明け前、手術が終了した。
魂は肉体に戻る。
――約束だよね?
絡ませ小指と、小指はするりと。片方だけ、空に溶けて。
もう慣れっこになったはずなのに。
――友達じゃいやだよ。
魂が肉体に戻ろうという刹那、芦川が僕に囁いた。
――友達なんかじゃイヤ。もう恋しちゃったんだもん。
でも、魂は肉体に帰る。
暖かい気持ちだけ、自分の胸に収めながら。
だって、幽体離脱した人は記憶を残さない。
まるで何も最初からなかったかのように、風が吹き抜けて。
ただ、小指にだけ。
暖かい溫度が。その残滓が残っていた。
✜
芦川はきっと僕のことを憶えていない。もしかしたら、夢を見ているような感覚で。記憶の一部を持ち合わせている人はいるかもしれないけれど。あくまで断片。全てを憶えている人はいない。魂はいつか帰る。それが自然の法則なのだ。
「憶えているのは、そんなに変なことなの?」
「い?」
突然、声をかけられてビックリする。気付けば、芦川が僕の隣に座っている。
「あ、あ、あ――」
「いきなり愛してるは、流石の私も照れちゃうかな?」
「ちが、ちが、芦川――」
「ちゃんと莉乃って、呼んでよ? 悪い口はこの口だね」
「ん――」
いきなり芦川が唇を重ねてきたのだ。ちょ、ちょ、何をするの芦川?
「また芦川って言った。拓真君を分からせるのに、もっと時間をかける必要がありそうだね」
そう言って、また唇を交わす。
芦川、ちょっと待って。
「また言った」
もう一回唇を。莉乃! 莉乃! 心の中で叫ぶと、ようやく唇を話す。ほんのりと頬を朱く染めながら。
「もっと拓真君には大胆なことをされたのに。ただ物理的に唇を唇を重ねただけなのに、これはこれでイイね」
クスクス莉乃は笑って、とんでもないことを言う。唖然として、僕は芦川――莉乃を見る。
「言い直しても。あ、この場合は思いなおしても、か。でもダメだよ」
莉乃はまた嬉しそうに笑んで、啄む。もう思考がついていかない。何がどうなっているのかも分からない。
「だって、拓真君が触れたんだからね。私の魂に――」
✜
私には友達がいない。
生きる理由なんかない。
手術をしても意味がない。
手術が失敗したら死ぬし。
生きていても、やっぱりいつか死ぬし。
それなら、やっぱり生きていても同じじゃないかしら?
お葬式ぐらいは、あぁ、芦川莉乃って子がいたねって、誰か泣いてくれると思う?
そう言ったら、拓真君が私に言ったんだ。
目が覚めたらさ。
手術が終わったらさ。拓真君は、たしかにそう言ったんだ。
私の魂に触れながら。
優しく撫でながら。渦巻く感情を取り払いながら。甘い、アマイ、そんな果実を口いっぱいに満たされたみたいに。魂が溶けてしまいそうなくらい。あなたの指で色々な感覚を呼び起こされながら。私の魂に口付けをされて。あなたの優しい魂が、刻みつけたのだ。奥の奥。私の奥底まで。
目が覚めたらさ。
手術が終わったらさ。
――友達になってくれる?
拓真君が私の背中を押す。
あのね、拓真君。何もないと思っていた女の子がいたんです。その女の子は男の子に背中を押してもらいました。きっと男の子は何気ない一言のつもりだったんだろうけどね。
その女の子にとっては生きる理由になったんだよ?
あなたに会いたいって、そう思ったから。手術の後のリハビリも頑張れた。
だから――忘れたなんて、言わせない。
あなたが、私の初めてを攫っていったんだから。
魂越しに、溢れてくる情報の渦。
言語という言語が、細胞レベルで
✜
「まぁ、あれだね。慣れると、この光景も日常の風景に……いや、ムリ。あんた達、激アマすぎるから」
クラスメートが呟くのが聞こえて、メニューから顔を上げる。学食の喧騒がまるでストップモーションを解除されたかのように、僕の鼓膜を震わせた。
「へ?」
「大丈夫だよ。折角だから、食べたいものを食べよう? 悩む時間も大切な時間だって思うよ。それと、これは私達の日常だもんね」
「でも、莉乃が野菜炒め定食にするつもりでしょ? 僕もそうしようかなぁ」
「たっ君、ニラ炒め定食も悩んでいたでしょ? どうせなら、シェアしない?」
「うん、それも良いね」
にへらとつい笑顔が浮かんでしまう。
「やめろ、お前ら。堂々と”あ~ん”し合うつもりだろ! 見せられる、こっちの身にもなれ!」
「恩田さ、莉乃と一緒だと言葉がつまらないよね。それに、お互いの言いたいこと、言葉にしなくても通じ合っているしさ」
莉乃は別格だ。それに――。
と、見れば莉乃がむすーっと頬を膨らませていた。
「みんなみたいな可愛い子と一緒だと、緊張するからムリだって」
むすー。むすー、とますます不満をめいっぱい表現する。
僕の気持ちなんか筒抜けのくせに、その表情は本当にズルいって思う。でも、きっと言葉にしないと莉乃は許してくれない。
ずっと好きだったの。莉乃はそう言う。あの夜に出会う前から。
私に優しく接してくれた、あなたのことが。
ずっと、ずっと
だから、あなたの魂まで含めて全部、欲しいって思ったの。
あの日、彼女はそう言って微笑んだんだ。
――だって、魂に触れちゃったから。
――あなたが、私の魂に触れてくれたから。
莉乃は、僕の全部。魂まで攫っていった。だれも隙間に入り込ませないくらい。誰とも喋らせないように。僕の言葉も声まで奪って。
――他の人と喋らないで。
――目をあわせないで。
――私だけ見ていて。
――私の名前だけ呼んで。
言葉も、魂も。全部、ぜんぶ。
君が全部、攫っていったんだ。
全部、攫っていった 尾岡れき@猫部 @okazakireo
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