第17話 その3 最終回

「その二人を迎えるようにカムワツレ王国からの依頼があった。

昨夜、怪物の毛皮を持ってやって来たので、彼らの歓迎の祝宴を開いたのだ」と、代官が慌てて説明した。


「二人が近隣で悪名を馳せた『オーガスタとアーキン』であることは知っていましたね」


「例え気づいていたとしても、王国からの直々の依頼を村の代官ごときが断れる訳がない」


「そうでしょうね。

ましてや、王国との交易であなたは財を成している。少しの怪しい話にも目をつぶるでしょう」


「今更、何が言いたい」


「いえ、その二人・・・・・と言ってもアーキンの方は怪物によって復讐の牙に掛けられましたからいいのですが、オーガスタはどこへ行ったのでしょう?」


「分からん。

怪物が倒された後は、みな広間で呆然としていた。

次に動き出したのは、広場に燃え広がろうとしている炎を消さねばならなくなってからだ。

あなたが立ち去ってからもわしらは大変だったんだ。

火を消し止めてから、ようやくわしは家族の無事を確認に行ったが、広間に戻ってきても朝になるまで動く者には気づかなかった。

オーガスタのことなど、言われるまで忘れていたぐらいだ。

今となっては、あいつらは疫病神でしかなかったしな」


ルミィは考え込み、ゴッドフリーの方を意見を求めるかのように振り返ったが、その場に居合わせなかった彼は肩をすくめるだけだった。


「屋敷の中を見ても?」


「もちろん。

あなたは村を救った英雄だ。何をしても許される」


三人は屋敷の中に入り、玄関広間に立った。


彼らの目の前には巨大な獣が横たわっている。


初めて見たゴッドフリーが思わず呟く。


「黒豹に似ているが、大きすぎる・・・・・・五間ぐらいもあるか・・・・・・!

こんなものが森を徘徊していたとは。

想像するだけでも恐ろしい。これでは誰も叶わなかった訳だ。

剣を持っていても、そんなものはものの役にも立つまい。襲われればひとたまりもない」


「巨体のくせに身軽で、動きも素早かったですから、不意を襲われたらどうしようもないでしょうね」とルミィは返事をしながら、あることに気がついて言葉を止めた。


「アーキンが咥えられていたはずですが」


「朝までは、その男は咥えられたままでだったはずじゃが、気づいた時には消えておった。何者かが運び去ったのか」


「オーガスタだ」とルミィは確信する。


とっさに身構えながら周囲に視線を走らせる。


だが、周囲では何ものも動く姿は目に入らなかったし、隠れ潜む何の気配も感じ取れなかった。

既に彼は立ち去ったのだろうか。


それでもオーガスタは自分の相棒を見捨てはしなかった。

彼にとって唯一無二の相棒にして最強の味方だったはずのアーキンを。


二人の絆になぜか心を動かされる。


「この怪物の死体はどうするのです」とルミィは気持ちの整理が付かぬまま尋ねた。


「あの毛皮と一緒に埋葬してやろうと考えておる。

毛皮を剥いだり、記念品のように陳列したりするのはもう沢山だ」


代官の言葉にルミィ・ツェルクは少し好感を抱いた。


それぞれの立場の者が、自分の利益だけに固執することさえなければ、寛容にお互いを受け入れられるのかもしれないと、僅かばかりの希望を抱く。


村の再建には、代官とクルツ家周辺の者達で協力していかなければならず、それは可能なのかもしれない。

勿論、困難が克服されれば、対立もまた戻ってくるのであろうが。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


翌日、ルミィは起き上がれるようになったディアナのベッドの側に椅子を寄せた。


傷は予想よりも浅く、経過も問題なさそうだというゴッドフリーの話だった。

ただ、激しく動くと傷が開く怖れがあるので、ゴッドフリーからは数日の安静が厳命されている。


不忠な弟子ではあったが、ディアナはその言いつけを守ることにしたようだ。


部屋の片隅にはゴッドフリーがにこやかに二人を見守っている。


ディアナが前夜のことを説明する。


「私はオーガスタの剣を奪い取ることに神経を集中していたから、全然二人の対決がどうなったのかも、怪物がどうしたのかも分からないの。

ただ、オーガスタという男は隙がなさ過ぎて、とても腰の剣に手を掛けるなんて出来なかった」


「ディアナは盗人の経験がないからな」


「それは、今はどうでもいいことでしょ。むしろ平然と人のものをくすねられるようだったら、困りものじゃない。

で、話を戻すけど、先ずアーキンが剣を取り落とすでしょ。そこでオーガスタが自分の剣を投げ渡したから、きっと彼は丸腰になったと思ったの。それで度胸が付いたのだけれど、それでも恐いぐらいの緊張を強いられたわ。なかなか手を出す勇気って出なかった。

でも、怪物が乱入して来ると、みんながそれどころじゃなかったでしょう?

私も『もう無理』と半ば諦めかけた。

だけど、怪物とルミィが対峙して、今度はあなたの方が剣を落としてしまった」


ディアナの記憶は少々混乱しているようだった。

オーガスタが剣を投げ渡したのは怪物が入ってきた後だ。

ただ、あんな状況でもオーガスタはそれだけ冷静に事態に対処していたということを意味する。

それこそがオーガスタの恐ろしさでもある、とルミィは肝に銘じた。


それに、ルミィは剣を弾き落とされたのであって、取り落としたわけではない。

ディアナの表現だと勝負の場では一層不面目に聞こえる。

そえでもルミィは黙って聞いていた。


「だから、あなたに剣を渡さなきゃ、という考えと、宝剣を奪い返さなきゃという考えが一緒になって、彼の腰に吊された剣の鞘から剣を抜いて、投げ渡したのね。

すぐにあいつが恐ろしい顔で向かってきたから、急いで離れようとしたのに、あっという間に背中から斬り付けられて・・・・・・

もう、これで人生が終わったかとおもうような暗転。ルミィが馬に乗せてくれるまでは何も思い出せないくらい。

あなたが私の目を覚まさせてくれたの。

こうして無事でいるのはあなたのお陰だわ」


「いや、それほど深手を負わずに済んでいる。

オーガスタも短剣ではいつもと勝手が違ったのだ。

そうでなければ、ディアナを討ち損じるはずがない恐ろしい男なのだ」


「でも、抜く手も見せず、とはまさにあのことね。あんなタイミングで斬られてしまうとは信じられないわ。

目が覚めてから考えたのだけれど、あの時に別にオーガスタから剣を奪わなくても、私の剣を投げても良かったわね。

慌てた焦りで、剣を奪い取るのに少し手間取って、その分、あいつに攻撃される暇を与えたのかも」


ルミィは頬笑みながら、首を振る。


「いや、そうではない。ディアナに宝剣を渡されなければ、怪物を倒すことは不可能だったはずだ。

私の攻撃がかわされ、剣を弾き飛ばされた後、唯一、怪物の身体の奥深くに剣を突き立てることが出来る場所に気がついた。あの怒りに燃える瞳だ。

ただ、それに気づいた時には剣がない。

まさに絶体絶命の時にディアナが私の名を呼びながら剣を投げてくれた。

君から宝剣を投げ渡されて、その瞳に突き刺したが、アーキンの攻撃が背後から迫ってきていたので、完全に刺しきれなかった。

大体、一尺近くを残したままで刺しきる前に怪物から離れなくてはならなかった。アーキンの攻撃は避けなければ命がない。

私とアーキンが位置を入れ替わった時、怪物はまだ動くことは可能だった。おかげでアーキンをその顎と牙で銜え込むことが出来たわけだ。

もう一度私が怪物の頭に取り付いて、途中まで突き立てられたままだった剣を根元まで刺し切った時に、初めて怪物は大きく痙攣したきり動かなくなった」


そう言うと、ルミィは宝剣と通常の剣を鞘から抜いて比べてみせた。


宝剣の刀身の方が一尺近く長かった。


「しかし、宝剣がなまくらだったら、どうにもならなかっただろう」とゴッドフリーが思わず疑問を投げかけてきた。


「実はですね、私は近衛騎士・青の隊副隊長の肩書きだけでなく、宝物殿警護隊指揮官でもあるのです。

だからこそ、宝剣を奪われて、それを取り返す命令を受けた訳です。

つまり盗難前はは毎日のように宝剣の姿は拝んでいましたし、宝剣の状態を時には確認していました。常にその刃は研ぎ澄まされていることも知っていたのです。

むしろ、抜き身で投げられた剣を無事に受け取れるかの方に神経が要るぐらいに」


ディアナもゴッドフリーも心底感心したように頷いた。


それからディアナは急に黙り込むと、ルミィの方をジッと見つめてくる。


「どうしたんだ?」


「ルミィは任務を無事に達成した訳でしょ。それこそ近衛騎士の誉れね。

だけど、そうなら、・・・・・・・・もう行ってしまうの。

帰らなければいけないのは分かっているのだけれど・・・・・・」


「任務は宝剣を無事に宮廷に届けるまでだ。まだ、やり遂げたことにはならない。

だけど、すぐには帰れない。

ディアナの怪我も治らないじゃないか」


「数日で動けるようになるわ」


「だが、聖アスカ王国への長旅が可能になるのには、もう少しかかるだろ」


ルミィの言葉にディアナはびっくりして言葉が出なかった。


「代官や君の兄のベイル・クルツ氏とも話し合ったのだが、村の状況を明らかにして、再建に力を貸してもらう申し入れに行くことにした。村の代表は君とゴッドフリーだ。

君らは私と一緒に出かけるんだ。

ディアナ、君を一人残して帰ったりはしないよ」


「それで大丈夫なの?」


「ここまでは誰も私に命令を下す者はいないからね」とルミィは片目をつぶってみせる。


実際のところ、村の損害は甚大であり、人的にも物質的にも再建は気が遠くなるほど必要であろう。


ルミィが宝剣を取り返したのなら、すぐに帰郷しなくてはならないのも事実ではあった。

だが、たかが剣一本のために、その時にやらなければならない全てを後回しにするほどの義務感をルミィは感じない。


大切な人を守れなくて何が近衛騎士であろうか、と。

自分の力を大切なものの為に使いたかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


伝説の怪物は退治された。

常世闇の森の山賊も強力な指導者を失い、瓦解し始めている。


村の再建には明るい希望があった。

そして、ルミィとディアナの二人にも、未来への希望が前途に横たわっているはずだ。


未来には常に希望が存在する。


(完)


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夜の怪物~聖アスカ王国辺境の物語 紗窓ともえ @dantess

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