第17話 帰郷 その2 ベイル・クルツ二世
翌朝、ルミィは疲れが残っていたにも関わらず、陽が昇る前に目が覚めた。
だが、彼が起きた時にはとっくにゴッドフリーは仕事を始めていた。
「ゴッドフリー、あなたは寝たのか?」
「年寄りは朝が早いものなのだ。君こそ、もう起きて大丈夫か。
昨日の疲れは取れたのか」
「若者の回復こそ早い」とルミィは笑い返す。
「で?」
一瞬の間を置き、医師はルミィを安心させるように頷いて見せた。
「大丈夫。熱も出ていないし、傷はきれいに塞がっている。
彼女こそまだ睡眠が必要だろう」
「ならば、今のうちに村へ戻って、様子を見て置きたい」
「それなら、わしも行こう。医者の手が必要な場面もあるだろう。
それに・・・・・・・我が友と別れを済ませねばならん・・・・・・
いや、別れを告げなくてはならないのは友ばかりではあるまい・・・・・・・」
二人は馬に乗り、村へ向かう。
陽が昇り始め、生きている者には公平に新しい日が始まることを告げていた。
生きて日の目を見られなかった者には不公平なことである。
生死を分けたのは紙一重の運の差に過ぎないことがルミィには良く分かる。
「これは酷い」と村が近づくと、ゴッドフリーがため息を漏らした。
村の入り口からクルツ邸周辺までの殆どの家は、壁が崩れており、戸も打ち破られている。
暗くなってから通ったので昨夜はそこまで確認出来なかったのだが、その凄まじい破壊ぶりをこうして直に目にすると、改めて怪物の凄まじいまでの破壊力が認識出来る。
よく生き残れたものだと、今となっては信じられないくらい・・・・・
二人はクルツ邸の中に入って行く。
そこには多くの者達の死体が文字通り散乱していたが、そうした死者を運び出し、少しでも邸内の秩序を取り戻そうとしている若者の姿が見えた。
「ジュニア」とゴッドフリーは声を掛け、その手を握る。
「ああ、先生」と男は悲しげな顔を二人に向けてきた。
「ルミィ・ツェルク殿、彼がクルツ氏の長男で家業を嗣いでいるベイル・クルツ二世だ。
それからジュニア、彼がこの館の客人だったアスカ王国近衛騎士のルミィ・ツェルク殿だ」
その名前と身分の紹介にクルツ二世は驚いたようだった。
「あなたが・・・・・・!アスカ王国の近衛騎士・・・・・!」と暫しの絶句の後に、クルツ二世と紹介された男がルミィの手を取る。
「この世の終わりかと誰もが恐怖に震えながら夜を明かしました。
明けない夜も来る時が来たのだ、と覚悟したんは私も同じ。
夜明けと共に、『ルミィ・ツェルクが怪物を退治した』と報せがあり、今日の朝を無事に迎えられることが分かりました」
と、ルミィの手を握ったまま跪かんばかりの勢いであった。
「そんなことは大したことではありません。
クルツ殿、短い間でしたが、お父さまには大変お世話になりました。
まだ、何もお礼が出来ていないのに、こんな惨事に見舞われるなんて」
「ツェルク殿、あなたこそ、真の勇者です。
父もあなたに感謝するでしょう。
あなたが怪物を討ち果たさなければ・・・・・あなたがいなければ村はどうなっていたか・・・・・・
私は村の代表ではありませんが、生き残った者の一人としてお礼を言わせて下さい。
私自身の屋敷は、幸い、怪物の通り道から外れていましたが、この村の入り口から村役場、代官屋敷に通じる通り沿いは酷いものです。
父も、父を慕っていた使用人達もことごとくやられてしまいました。
村の有力者から普通の庶民に至るまで、実に多くの者が命を落としました。これほどの惨事は村が出来てから初めてのことでしょう・・・・・・・・・
村はもうこれで駄目かも知れません」
「何を言う。クルツ二世が、そんなことを口にしてはお父さまが一層嘆かれる。あなたの力で村を再建するのです」
「父の願いがそうならば・・・・・・」
「そうだとも。このゴッドフリーも援助を惜しまんよ」と彼はクルツ二世の背中をパンと叩く。
それでも二世は煮え切らない態度で頷くだけだった。
「ところでお父さまはどこにいらっしゃる」とゴッドフリーが話題を変えるように尋ねると、息子は二人を元は居間であったところに案内してくれた。
ベイル・クルツ一世はそこで静かに横たわり、布を覆い被されていた。
ゴッドフリーは跪いて布をめくり上げ、物静かに落ち着いた遺体の顔と対面する。
意外にも頬を寄せるとゴッドフリーは涙をこぼしながら、何事かを懸命に訴えるように何度も呟いた。
ひとしきり呼びかけが終わっても、黙ったままクルツ氏の顔を見て涙を流し続けている。
その間にクルツ二世がルミィに自分の弟と妹の行方を尋ねてきたので、弟のゲイリーは山賊討伐において命を落としたこと、妹は怪物退治の途中で負傷したが無事であることを手短に話す。
弟が死んだことは彼に大きな衝撃を与えたようだった。
もちろん、弟のゲーリーが山賊討伐に出立したことは知っていたから、最悪の事態は覚悟していたはずだった。
それでも、こんな父が亡くなった日にそれを報されてみれば、大きな衝撃である。
父が亡くなったことを受け容れるだけでも重荷なのに、弟のことまで一緒に受け容れなければならない。
生き残った者は、これから先も幾つもの苦難を乗り越えて行かなければならないのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
クルツ邸の後始末に追われるクルツ二世を残して、ルミィとゴッドフリーは怪物の破壊の痕を進んで行く。
ルミィが通ったのは夜だったが、それでもディアナと二人で村の破壊や村人達の殺戮を確認しながら代官邸への急いだのだ。
それが、こうして朝の光の中で見ると、怪物の凄まじい暴力と殺戮の痕には畏れ入るほかない。
暗くて詳細までは分からなかったからこそ、冷静に振る舞えたのかも知れない。
そうした殺戮の痕には死が続くばかりで、ゴッドフリーの出る幕はない。
悲惨な場面の中を進んで行き、ルミィとゴッドフリーは代官屋敷に辿り着く。
代官屋敷は一部が炎上した後だったが、それ以外の破壊の痕も生々しく、屋敷の中からは多くの遺体が運び出されている。
屋敷の外には代官とその家族が何をするでもなく、ぼんやりと腰掛けていた。
ルミィとゴッドフリーが門から敷地に入っていくと、それに気づいた代官があたふたと駆け寄る。
「おお、ルミィ殿、昨夜はあなたのおかげで村が救われた。わしの家族がこうして一緒に居られるのはあなたのおかげです。
お礼を言わなくてはなりません。
それと、先日の無礼を謝らせて頂こう」
「それは結構です。私は武人としての務めを果たしたに過ぎない。
結果的にお役に立てた、ということだ」
「むしろ、わしらは山賊討伐の結果の報告がまだ済ませていなくて謝らねばならないかも知れん」とゴッドフリーが皮肉っぽく呟く。
この言葉は代官には意外だったようだ。
「そ、それでは・・・・・ゴッドフリー殿も同行されたので?」
「年寄りでもクルツ殿に頼まれて同行させてもらった。いや、ディアナ嬢の依頼だったかな。年を取ると忘れっぽくなっていかん。
しかし、残念ながら隊長であるゲイリー・クルツ殿も亡くなられた。更には自警団創設の提唱者であるベイル・クルツ一世も怪物によって命を落とされた」
二つの報せは代官を心底から驚かせたようだった。
代官はしばらく考え込み、何かを言おうとしたが何も言葉が出てこない。
「代官にとっては、それほど悲しい報せではないかも知れないが」
「おお、そんなことを言って下さるな。
こんな状況で村の勢力争いや権力争いを続けるのは愚かなことだ。
わしは幸いにして家族を失わずに済んだ。
だがそれも、いろいろな人達の尽力のおかげだ。私達生き残った者は、全てに感謝しながら村の再建への努力をしなければならない。
確かにわしは金儲けのためにあくどいこともした。それは認める。
だが、こうなったからには儲けは一切合切吐き出して、村の再建に力を尽くすつもりでおる。
わしのためにあまりに多くの者が命を落とした。
君らが利己的に使用していると批判していた護衛隊もほぼ全滅だ。
生き残りは自警団と併せて新たな自警組織にしなくてはならないだろう。
皆の協力が必要なのだ」
「それは真実ですかな」とゴッドフリーは代官を睨み付けるように声を上げる。
「あなたは口が上手い。
これも通り一遍の耳障りだけのいい言葉かも知れない」
「ゴッドフリー、信じてくれ。お互いに信じ合わなくては、村の再建など出来ないぞ」
「ならば、ここで聖アスカ王国近衛騎士ルミィ・ツェルク閣下の前で誓って下さい。
その誓約を違えた際には、国王の代理たるルミィ・ツェルク閣下の命により、代官職を剥奪しますぞ」
「――ルミィ殿がアスカ王国の近衛騎士!
確かに近衛騎士団員ならば、国王の代理を名乗ることも可能だな・・・・・」
そう返事をしながら代官は値踏みするようにルミィに目を向けてきた。
それから明瞭な答えを発する。
「もちろん、わしは誓約するとも!」
準備の良いゴッドフリーは一枚の証文用の紙を取り出すと、誓約文をしたためた。そこに代官とゴッドフリーが署名し、更にルミィが肩書きを書き添えて自分の署名をした。
「ところで」とルミィが自分の用件を切り出した。
「昨夜の客人に二人連れの男達が居たと思います。名をオーガスタとアーキンという――」
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