山分け

加藤 航

山分け


 夕刻。旧時代の廃城が見下ろす荒れ果てた草地に、三人の男女がいた。眼鏡の男、帽子の男、そして赤髪の女だ。三人は輪になって向かい合っている。


 三人の中心には一つの箱が置かれていた。大部分は木製だが、金属の外枠で補強されている頑丈な代物だ。箱の蓋は開け放たれ、その中身を夕日に晒している。

 箱の中にあるのは、三つの宝飾品だ。指輪、首飾り、耳飾り。いずれも大粒の宝石が使われた上等な品に見える。

 三人の視線が、それぞれの宝飾品の上で飛び回っていた。


 三人はトレジャーハンターだ。

 今日は互いに協力して危険な廃城に潜り込み、その成果としてこの箱を持ち帰ることに成功したのだ。この仕事、箱の中身が空と言うことも珍しくない。これほどの高級品が出てきたならば、当たりと言って差し支えないだろう。だが、三人にとってはここからが肝心。つまり取り分の相談であった。


「事前に取り決めておこう。後で争いの無いようにな。まずは配分についてだが、成果物は三つ。俺たちは三人。単純に一人一つで問題ないか?」

「ああ。いいぞ」

「ええ。構わないわ」

 眼鏡の男の提案に、二人が同意する。

「では、次に選ぶ順番だが……箱を見つけた俺が一番。次に、道中で一番多く魔物を倒したお前が二番。最後に姉ちゃん。あんたでいいか?」

「……ああ」

「いいわ」

 少し間はあったが、眼鏡の男の提案が受け入れられた。探索では偶然が手助けした部分も多かったが、箱を見つけたのはこの男であることは間違いなく、成果は認められるべきであった。

「最後に、この山分けが終わったら、後で物の価値が分かっても文句は無しだ。俺たちは即席のパーティー。ここで別れておしまい。いいな?」

「問題ない」

「もちろんよ」

「ありがとう。では、選ばせてもらおうか」

 眼鏡の男は箱を自分の所へ引き寄せて、中を覗き込んだ。


          *


 一番が取れて良かった。二番だったらヤバかったかもしれん。

 なにせ、この三つのうち、当たりは一つだけなんだからな……。


 俺には分かる。耳飾りと首飾りはヤバい。これは恐らく、呪いの品だ。魔術的な何らかのチカラ、もしくは呪い、怨霊の類いか……? 詳しくは分からんが、とにかく危険だ。 

 死霊都市の影響下にあった地域じゃ、こういうのがよく出る。しかし、これは今まで見てきた中でも格別に強い感じがする。触るだけでも危ないだろう。


 俺は魔術師じゃないし、そういう専門の勉強もしたことがない。それでも、こういうのは分かるんだよな。

 昔からそうだった。曰く付きの品物は一発で見分けられる。この特技のお陰でトレジャーハンターとして生きながらえてきたと言っていい。理屈は知らないが、危ない品物だけは何故か嗅ぎ分けられるんだ。まあ、あれだ。第六感ってヤツなのかもな。


 さて、遠慮無く。指輪を頂くとしようか。


          *


 バーカ。眼鏡の野郎、ゴミを持って帰りやがったぜ。二番にされた時は焦ったが、あいつが雑魚で助かっちまった。


 この中で一番価値があるのは、間違いなく首飾りだ。これはとんでもない値がつくぞ。

 逆に、一番価値を感じなかったのが指輪だ。酷い安物だろう。っていうか、下手したら贋作だ。無価値かも知れねえ。そのくらいのゴミだ。まあ、あいつにゃ宝のオーラが感じられないだろうから、仕方ねーけどな。


 俺は宝飾品について知識があるわけじゃねえ。でも、本当に価値のあるものを見ると、分かるんだ。ビンビン迸ってくる、価値の気配ってやつがよ。目に見えるわけじゃねえ。説明も出来ねえ。でも、確かに感じる。それを俺は宝のオーラって呼んでる。


 俺がトレジャーハンターとして食っていけるのは、宝のオーラを感じられるからだ。

 探索ってのは一人じゃ難しいことが間々ある。どうしても仲間を募らないと危険な場所はあるからな。そうなると、今回みたいに山分けが発生する。そこで宝のオーラの出番よ。取り分を多くしてくれる、奇跡の第六感に感謝感謝だぜ。


 んじゃ、首飾り貰いっと。


          *


 さて。私は自動的に耳飾りになったワケだけど。……いらないわね、これ。っていうか、三つともハズレ。


 眼鏡の男は指輪を持って行ったけど、あれはガラス細工の偽物ね。よく見れば光り方や重さで簡単に判別できるでしょうに、何やってるのかしら。


 帽子の男が持って行った首飾りは、確かにかなりの品物。目利きは出来るのかも知れないけど、それだけでトレジャーハンターやってたら死ぬわ。


 ……この箱、木製部分から漂ってくる特徴的な香りは霊木のフィアセコイアね。北方の一部地域じゃ墓の周りをこれから作った柵で囲うって聞いたことがある。死体が勝手に歩き出てこないように。

 そして箱を補強している金属。底なしに熱を奪っていくような冷たい肌触りと、大きさにそぐわない極端な重さ。明らかに霊柩鋼ね。霊体を阻む性質がある、古代の遺物。


 霊体を阻む金属の枠で補強してある霊木の箱。その中に大事にしまわれた宝飾品。

 これだけ手がかりがあれば誰が考えても分かるわね。この宝飾品には強力な死霊、もしくはその呪いの類いがついていると思った方がいい。残念だけど、帽子の男は終わりね。


 さて、骨折り損かとも思ったけど、この箱はいいかもしれない。

 霊柩鋼は死霊都市で作り出された特別な素材。造り方が現代に伝わっていないから、貴重な品物といえるわね。鋳つぶせば再利用できそうだし、そこそこ良い値がつくかも。

 一番の当たりはこれね。枠だけ外して持って帰るとしましょう。

 

 さて、あいつら探索中はことあるごとに「俺には頼れる第六感があるんだ」なんて豪語してたけど、そんなものの前に五感と知識を磨くべきだったわね。


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山分け 加藤 航 @kato_ko01

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