第12話

 つぐみは、入院中の吉田に面会するため、静岡県立病院に向かった。全治一か月だそうだ。教えられた病室に行くと、包帯のぐるぐる巻きが、パジャマを着てベッドに横たわっていた。


「おお、菊川」


 元気そうな声である。つぐみはほっとした。


「ひでぇことになったな。俺のところにも刑事が来たよ。警察が警察に聴取するなんてな」

「私も事件の始末でてんやわんやです」

「そりゃそうだろうな。前代未聞の事件だぜ。死ぬかと思った」


 死ぬかと思った、どころではなく、吉田は本当に生死の境をさまよったのである。


「吉田さん、すみません。私、こんなことになるなんて全然思ってもみなくて」

「いやいや、むしろ誰が普通の民家に見える家がトラップハウスで、住んでるのがいかれた婆さんだってわかるんだよ?」

「そう、ですよね」

「まぁ、お前さんのおかげで救助が早く来てくれて助かったんだ。感謝してるぜ」

「いえ……」


 つぐみは言い淀む。後で知ったことだが、二人が家に閉じ込められたあの時、実は無線とGPSの発信が途絶えたことで、比較的すぐに駅前交番の警官が異変に気付いていた。そのため他の警察官にも応援が要請され、二人の捜索が行われたのだ。つぐみが老婆と対峙していた時にはすでに登呂遺跡周辺に数台のパトカーが到着しており、彼女がブレーカーを落として妨害電波を切ったことで所在地が確定、サイレンを鳴らして応援が到着したのだった。


 従って、つぐみの奮闘が無くともそう時間は掛からずに応援は到着しただろうし、極論を言えば、トラップが仕掛けられていることが分かった時点で和室から動かずにいれば、そのうち警官が到着し、二人は無傷で救出されたはずだった。その場合はつぐみが老婆のいまわの際の言葉を聞いてやることはできなくなるが、当然二人の命には代えられない。


「で、お前今一課の刑事と一緒に捜査に関わってるんだろ?」

「ええ、でもこの事件が終わるまでの間、捜査本部に臨時で加わっただけです。主犯がもう明らかになった事件ですし、あの家自体が証拠の塊なので、捜査はスムーズに進むと思います。そうしたらまた、駅前交番に戻ってきますよ」


 今回、老婆たちによる清水佳彦の殺害が発覚したことで、同じ手法を用いた過去の事件が複数浮かび上がってきた。それらの調査のため「空き巣連続殺人事件」として、捜査本部が設置された。現在、ベテラン巡査ではあるが病院で絶対安静の吉田の代わりに、新米巡査のつぐみが捜査に加わっている。


「そうかそうか。でも、帰ってきてもすぐに別の部署に行っちまいそうだな、お前は。登呂遺跡が怪しいっていうのは、名推理だったぜ」

「いえいえ、それは、私に付き合ってクサヨシを探してくれた大学生たちのおかげですよ」


 謙遜してみたものの、こちらに関しては、つぐみも自分の功績であるという自負があった。実際、クサヨシに着目して吉田の行動範囲を推理したつぐみの着眼点を評価され、鑑識課に移らないかと声を掛けられている。しかし――


「でも、私の勇み足だったとは思います。確かな情報もなく、突っ走ってしまったせいで、危険な目に会ってしまった。吉田さんが居なければ入院していたのは私の方だったのかもしれないのに……」


 つぐみは申し訳なさそうにうなだれた。


「確かに、お前さんのやり方は、何になるかもわからない案件に全力をぶっこむ、危なっかしいやり方だよ。完全にギャンブルだったな。でもな、勇み足上等じゃねえか。宝くじも買わなきゃ当たらねえ。今回は連番で買った宝くじの一等がお前さんで、俺は一つ違いで外れた、みたいな出来事だった」


だがな、と言って吉田は頭を掻いた。


「外れてくれてよかったんだよ。おれは万年巡査が良いんだ。なのによぉ、今回危うく死んで二階級特進、警部補になっちまうところだったじゃねえか」


 うなだれていたつぐみはぷっと噴きだした。

 それから二人の笑い声が病室に響いた。


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罠家(みんか) ましか たろう @mashika_taro

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