半笑いのドライバー(ショートショート)

海風りん

半笑いのドライバー

音もないような雨が降りしきる夜。女がタクシーに乗り込んだ。車内には冷たい重い空気が立ち込めている。

ドライバーが女に横顔だけ向け、低い声でたずねた。

「どちらまで?」

恐怖のせいだろうか。女は震えるような小さな声で告げた。

「駅まで…」

タクシーがゆるりと発車する。

バックミラーにはドライバーの口元だけが映っている。それは半笑いに醜く歪んでいた。

女は白いワンピースの襟元を神経質に触りながら、窓の外を見ていた。指の動きが、少しでも早く着く事を切望している。

「あっ…。ここ…」

女の呟くような細い声が、重い沈黙を破った。

ドライバーは返事もせず、醜い半笑いで振り返った。

そのまま、ゆっくりとタクシーを路肩に停める。

そして、大きくため息を着くと、両手で頬を抑え言った。

「あぁ。やっぱり居ない。墓場の前を通ったときに、消えやがった。あの女、生きた人間じゃないな。全く。あまりの恐怖に顔がひきつっちまったぜ…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

半笑いのドライバー(ショートショート) 海風りん @umikaze_rin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ