名もなき賢者のバタフライエフェクト

にゃべ♪

今日も賢者の第六感は冴え渡る

 賢者ラーカイムは業界内で無能の賢者と揶揄されていた。何故なら、彼は他の賢者に比べて力がなかったから。地頭と要領は良かったので賢者試験には合格して資格は得たものの、感応力が人より優れていると言うだけで、魔法の才能が圧倒的に足りなかったのだ。


 だからこそ、彼は仲間と共に旅をして魔物を倒すような表舞台には立てない。その代わり、その感応力で未来に何が起こるかを見渡せた。未来が分かると言う事は、悪い未来を変える事が出来ると言う事。

 その能力を活かし、ラーカイムは未来を逆算して密かに世界を救っていた。


 ある日、彼は日課の散歩に出かける。毎日同じルートを歩くのがルーティーンだ。歩きながら、彼はそこで感じた些細な違和感に心をざわつかせる。


「山の様子が変だ。このままだと噴火するな」


 彼の第六感がそう訴えた。今はまだそこまでの変化はない。ただ、この状態を放置する事で数年後には噴火してしまうだろう。

 噴火の原因に気が付いたラーカイムはすぐに動いた。まず、物置からこの未来を阻止するためのアイテムを探し出す。


「よし、あった」


 彼は、地元に来た冒険者に物置から見つけたドラゴン皮の財布をプレゼントする。程なくして雑誌で冒険者のアイテム特集が組まれ、その財布が王都で大ブームになった。すると、すぐに在庫が尽きて材料を確保するために大ドラゴン刈りが始まる。

 ドラゴン刈りは各地に波及して、やがては地元の火山に巣食うファイヤードラゴンまでもが征伐された。こうして火山活動の活性化に影響のあったファイヤードラゴンがいなくなり、山の調子は戻り噴火は免れる。


「ふう、良かった良かった」


 ラーカイムは迫りくる災害を未然に防げた事に満足して、窓の景色を眺めながら好物の果実酒を飲むのだった。


 数日後、夜空を眺めていた彼は星が落ちてくる事を察知する。こんな大災害は自分の力では防げない。そこでもまた彼の第六感が最適解を導き出した。

 まず、ラーカイムは雑誌に夜空の美しさを書いた文章を投稿する。一応賢者なのでその文才が大きな反響を呼ぶ事になり、雑誌記者が取材に訪れた。そこで、彼は記者に星空鑑賞の素晴らしさを私的な言葉で幻想的に訴える。


 ラーカイムの解説が素晴らしかったので、編集長の判断で星空の本が出版された。これがまた大きな反響を呼んで夜空鑑賞ブームが発生。誰もが夜空を見上げるようになった。

 多くの人が見上げるようになると、その星空の動きから異変を感じる人も増え始める事になる。危機を感じた人々が協力し合い、魔法防御計画が有志によって進められた。その計画は成功し、無事に隕石被害は防がれたのだった。


「ふう、良かった良かった」


 ラーカイムはまたしても災害を未然に防げて笑顔になる。その日もまた果実酒を美味しそうに飲むのだった。


 それからはまた平穏な日々が続くものの、散歩の途中で見上げた雲の動きから、今度は大嵐が来ると察知する。すぐに彼は被害を受ける全地域に向けて警告を発したものの、誰も耳を貸してはくれなかった。


「まいったな。このままでは大災害に発展してしまう……」


 対策を考えたラーカイムはまたしてもここで第六感を働かせ、そこである計画を思いつく。まず彼は、地元を訪れた旅人に自然が美しくないと成長しない美しい花を紹介した。


「こんな素晴らしい花は初めて見ました」

「でしょう。どうか旅の記念に持ち帰ってください」


 こうして花を持ち帰った旅人は、路地に面した窓際にその花を飾った。やがて、そこを通りがかった絵描きが花に目を留めて感銘。その花をモチーフにした作品を描き始める。すると、花を描いた絵が街で大きな話題になった。

 話題に敏感なのが商人だ。彼らはこの花に目をつけて大金で買い取り始めた。そうなると、当然金目当ての無法者が山に入って花を乱獲し始める事になる。


 花に興味を持ち始めていた民衆はやがてこの乱獲に気付き、このままでは自然が大変だと言う事で自然保護運動が活発になっていった。やがて、自然を守るために無法者を排除して山を元に戻す活動をする組織が生まれる。こうして作られた自然観察組織が、自然保護の過程で生まれた天気予想のシステムから嵐の予兆を察知。

 組織からの報告を受けた政府が嵐対策が進めた事で、被害は最小限に収まったのだった。


「ふう、良かった良かった」


 またしても最悪の事態を回避する事が出来て、ラーカイムは満足そうに笑う。この日もまた、彼は果実酒を美味しそうに喉に流し込むのだった。


 平穏な日々が続く中、彼はいつものように朝食後に新聞を広げる。そこには最近の魔界の動きについて書かれていた。この記事を読んでいたラーカイムの第六感が魔王の地上制覇を察知する。

 今のまま何もしなければ、やがて魔王軍が人間界に侵攻してくるだろう。


「これはマジでヤバいな」


 魔王の動きはまだ誰も気付いていない。しかも下手に刺激するとそれこそ全面戦争にもなりかねない。平和主義の彼は一番平和に事態を収める策を考え始めた。ここでもまた彼の第六感が最適解を導き出す。


「よし、これで行こう」


 計画を思いついたラーカイムは、それに従って小説を書いて投稿する事にした。魅力的なキャラが活躍するものの、展開は常にシュールで理解に時間がかかるタイプの物語だ。最初こそほとんど反響がなかったものの、時間が経つにつれてそのシュールな内容がマニア達の間でヒットし始める。


 人気になってくると、その次はそのマニア達が似た話を書き始めるようになった。数多くの作品が生まれる事で、その中からヒット作が出て小説ブームが発生する。このブームに牽引されて、様々な物語が生まれ始めた。

 流行は時代に合わせて紆余曲折し、その中から勇者の活躍する話がブームになる。


 勇者がかっこよく活躍して世界を救う話がヒットするようになった事で、今度はその作品に影響を受けた若者が増えていく。結果的に、有力な勇者候補生が次々に誕生する事になった。こうして、世は大勇者時代に突入する。

 短期間の間に人間界で実力のある人材が増えまくったので、この勢いに驚異を感じた魔王は地上制覇を考え直したのだった。


「ふう、良かった良かった」


 自分の計画がうまく行った事を確信したラーカイムは、代わり映えのしない見慣れた街を優しい表情で見つめる。そうして、お気に入りの果実酒をゆっくりと口に含むのだった。


 翌日の朝、いつもと同じ時間に目覚めた彼は、窓から差し込んでくる陽射しを浴びて気持ち良さそうに背伸びをする。


「うん、今日も平和だ」


 賢者ラーカイムが世界を守っている事は誰も知らない。そして彼もそれを好ましく思っていた。無能の賢者は、今日もまた第六感を働かせている。

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