第六カーン!(KAC20223)

つとむュー

第六カーン!

 俺は愛用の金属バットを手にして右バッターボックスに立つ。

 いよいよ勝負の時が来た。

 緊張でじわりと手に汗が浮かぶ。

 でも大丈夫。グリップテープは新しく巻いたばかりだ。今はそれを信じるしかない。


 第一球。

 様子見で見送ったストレートはど真ん中だった。

 ちぇっ、なんだよ。打てば良かった。

 球速はかなりある。一四〇キロは出ているんじゃないだろうか。

 でも大丈夫。この程度なら打てる。特訓の成果を見せるのは今このとき。

 気を取り直して俺はバットを構えた。


 第二球。

 危ない! 俺はのけぞった。

 胸元に食い込むストレート。幸いボールだったが、俺の腰はすっかり引けてしまった。

 ダメだダメだ、デッドボールなんて恐がっちゃダメだ。相手の思う壺じゃないか。

 俺は一つ息を吐くと、ほんの少し前に立ってバットを構える。

 カウントはワンボール、ワンストライク。まだ余裕はある。


 第三球。

 一球目と同じコースでボールが飛んでくる。

 俺もなめられたものだ。正に「打って下さい」と言っているようなもんじゃねぇか。

 もらった! 心の中で叫びながら俺はフルスイング。しかしバットは空を切った。

 う、嘘だろ? まさかのスプリット!?

 ハハハハハハ。まだツーストライクじゃねえか。伝家の宝刀をこんなところで出しちまっていいのか?

 粋がってみたものの内心冷や冷やだ。

 追い込まれてからこのスプリットが来たら、間違いなく三振だっただろう。


 第四球。

 外角低めのスライダー。

 ストライクゾーンからわずかにボールが逃げていく。

 見逃してもいいが、ギリギリ入っていたら嫌なので俺はなんとかカット。

 なんだよ、追い込んだからもうストライクはいらないってか?

 カウントはワンボール、ツーストライク。

 圧倒的に打者が不利なカウントだ。


 第五球。

 これはストレートだ。

 打ってやるとスイングを始めたところで先ほどのシーンがフラッシュバックした。

 もし、これがスプリットだったら?

 間違いなく俺は空振りで三振だろう。

 迷いで手が止まったところに高めのストレートが目の前を通り過ぎる。

 今のは釣り球だ。明らかに高めのボール。

 しかしこれはヤバかった。スイングしても空振りしていたに違いない。

 カウントはツーボール、ツーストライク。

 勝負はいよいよ山場だ。俺はゴクリと唾を飲む。


 第六球。

 さあ、一体どんな球が飛んでくるのか?

 まだカウントには一球余裕があるから、ストライクは投げて来ないだろう。

 となるとスプリットか。

 と見せかけて、さっきのようにストレートの可能性もある。

 いやいや、外に逃げるスライダーで詰まらせようとしてるのかも?

 ダメダメだ。ごちゃごちゃ考えるな。

 ここは自分の感覚を信じるんだ。日頃の特訓はこの一球のためにある。

 俺は一つ深呼吸をすると、ゆっくりと目を閉じた。

 ドキドキと胸の鼓動が高まる。

 あー、これが生きてるっていうことなんだろう。

 勝負は今。この一瞬にすべてを賭ける。

 俺は目を閉じたまま、第六感にまかせてフルスイング。


 カーン!


 会心の当たり。

 めっちゃ気持ちイイ!

 これだから野球はやめられない。

 俺は勢いよく走り出した。



 ◇



「お客さん、お客さーん!」


 あーあ、また行っちゃったよ。

 持ち込みのバットを残してさ。

 でもいっか。あの兄ちゃん、きっと明日も来るだろうから。

 それにしても、いつも六球で帰っちゃうなんてもったいないよな。

 まだ二十四球も残ってるのに――

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第六カーン!(KAC20223) つとむュー @tsutomyu

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