その先にある危機

シンカー・ワン

 迷宮内の分岐路でのランダムエンカウント、それ自体は珍しいことではなく、挟み撃ちになることも、まぁわりとよくある。

 単体ではなく集団に襲われるのも、これまたよくある光景だ。

 進行方向側行く道通過した側来た道の、迷宮の闇から飛び出して来たのは黒い大型犬アタックドッグ

 獲物を求める白濁した眼、不潔な黄色い牙に噛まれれば傷口が腐る。迷宮での生存に対応した野犬、つまりは怪物だ。

 前後から各一集団グループ六匹づつ、都合十二匹の野犬の群れが、ただひとりの冒険者に襲い掛かる。

 犬どもが本能で人体各所の首と称される部位を狙ってくる。

 機動力をつぶすために足首を、武器を使えなくするために手首、そして命を奪うため頭の乗った首を。

 だが、不意打ちを喰らった冒険者に慌てた様子はうかがえない。

 速やかに壁を背にし、犬たちの襲撃方向を制御コントロールしたのち、迎撃行動を開始する。

 腰の後ろから二振りの短刀を抜き放ち、上半身に飛び掛かる犬どもを切り払い突き刺し、逆に首を跳ね飛ばす!

 下半身に噛みつこうとする連中には容赦のない蹴り技が迎え撃ち、決して不覚をとるような真似はしない。

 次々と討たれ数を減らしていく犬ども。 

「ギャッ、ウ」

 濁った哭き声をあげて最後の犬の首が飛び、迷宮の壁で跳ね返って通路に転がる。

「――ふぅ」

 壁際から離れた柿色の装束が手にした短刀を振るって刃に付いた血脂を払い、腰の鞘に収め呼吸を整える。 

 十二匹ものアタックドッグを、二刀の苦無くないと鍛え抜かれた体術で切り抜けた忍びの者クノイチ

 何もなかったかのように血だまりと死骸の山を越え、迷宮を先に進もうとする。

「――ン?」

 石造りの通路を足音も立てずよどみなく送られる歩みが、不意に止まる。

 立ち止まった先にあるのはただの通路。

 これまでに忍びが挑んだ迷宮と変わらない、質量を感じさせる闇に覆われ数歩先しか見えない、何の変哲もない通路だ。

 だが忍びの足は進むことを拒否する。

 ――

 幾度の危機を切り抜けてきた経験が、先に進むことを良しとしない。

 冷静に通路の先を見つめる忍び。脳裏に浮かぶのは、まだわっぱだったころの記憶。

 忍びの里で教えを乞うていた幼き日の、苦い思い出。


 母屋の庭、地べたに座る子供たちに、縁側に腰かけて言葉をかけるのは壮年の男。

 隻眼で隻腕だが、鍛え上げられた肉体からそれが不利益にならないだろうことが伝わってくる。

「迷宮の詳細な地図があり、怪物の種類、能力も把握済み。おのれの実力なら問題なく踏破できることは明白。だが何か嫌な感じがする」

 そこで言葉を切り、子供たちを片方だけの瞳で見まわして、

「さてお前ならどうする 六番?」

 ひとりの女児に問いかける。

「迷宮を進んでお務めを果たします」

 六番と呼ばれた女児が即答するも、

「そうか。お前は死んだ」

 壮年の男は嗤って言い捨てた。

「――なぜでしょうか? 詳しい情報があって実力も備えていて問題がないのなら先に進めばよいではないですか?」

 不正解だと嗤われたことに納得がいかぬのか、女児が食らいつくが、

「勘だ」

「勘?」

 自信たっぷりな壮年男の言葉に思わず聞き返してしまう。

「そう、勘だ。そんな不確実なものをと、お前らは思うだろう。だが実戦を繰り返しての経験則からくる感覚はバカにはできんぞ」

 実体験からの物言いにまだ実戦経験のない子供らは "そんなこと言われても" と、不満げな態度を見せる。

「お前らがこの里を出るころ、俺の言葉の意味がわかる。いやわかってなきゃならん。それがお前らの命を救うからな」

 言われたとおり、忍びの里を出るころには骨身に染みて理解できていた。


 己の勘を信じた忍びは、転がっている犬の頭を手に取り、嫌な感じがした通路へと放り投げる。

 床で跳ねた犬の頭が転がって、止まる。

 途端、闇に隠された天井から粘着物が降り注ぎ犬の頭を包み込み、あっという間に消化してしまった。

 息をのむ忍び。

 強酸性の捕食粘菌スライムが行き先通路の天井にぶら下がっていたのだ。

 気付かずに犬どもの血臭をまとわせたまま通過していたら……。

 スライムに生きたまま溶かされる自分の姿を思い描き、頭巾の下で顔をしかめる忍び。

 ――別の通路を行くか。

 悪い感じがしない側へと向きを変え、忍びは己が目的を果たすため、迷宮を進んでゆく。

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