ミミちゃんの第六感~マーメイド・キャロットジュースそして布団

いすみ 静江

アキュータ国で陽が落ちる

 アキュータ国の夜は、冷える。

 特に湖水地方では、宝石のようなふわふわが、身を丸めて巣穴のベッドを目指した。

 垂れ耳族は、泉の畔で静かに暮らしていた。


「ちゃむい、ちゃむい」

「さあ、お入り。ミミちゃん」


 垂れ耳うさぎのミミちゃんは、まだ十歳。

 母うさぎのシズに寝かし付けて貰っていた。

 二人共、希少色の桃色をして、鼻筋が白く抜かれて美しい。

 シズは、瘦せ細る程、殆ど食事をしていない。


「もっと食べようね。マーマー」


 優しさを持ち掛けたが、首は水平に振られた。


「腕が細くなっているウサよ。明日は、沢山キャロットを取って来るウサ」

「さあ、親の心配なんて、まだミミちゃんには早いよ」


 垂れ耳をそっと撫でてくれる。 


「ミミちゃん、ねんねん、ねんねんねん……」

「マーマー。今日は、眠れないウサ」


 シズは、小刻みに震える娘の様子が、おかしいと思った。


「――ミミね、布団になるのが怖いウサ」

「まさか、ピュアラビットファーのかい?」


 その怖さをシズも幼い頃経験していた。

 狩りと言うのは一方的でいけない。

 強さと弱さを浮き彫りにする。

 垂れ耳族は、全身ふさふさがウリで、うさぎの宝石とも呼ばれていた。


「城のお金持ちは、耳が長いから長寿に繋がると、縁起を担ぐ。それに、毛皮に丁度いいなど、宝石を弄ぶからね」


 ミミは、ぎゅっと抱き締められた。

 シズはいつもあたたかいけれども、今日は頼もしい。

 ねんねんされている内に眠りについた。


「マーマー、おはよう! 今日もウサウサ」

 

 朝日の破裂する音で親娘は目が覚める。

 空気がつんとして、神聖な雰囲気だ。


「ミミは、お城のうさぎから追い駆けられる夢を見たウサ」


 泣き虫さんで、寝不足の目を擦っていた。


「気持ちは分かるけれども、ミミちゃんは里山を駆けるのが好きよね? マーマーとキャロット狩りに行きましょう」


 首を横に振った。


「大丈夫、キャロットジュースを作るのにいいウサね。一人で行くウサ」

「気を付けるんだよ」


 シズはどんな朝も別れになるのが嫌だから、必ずこう二度言う。


「気を付けて、帰って来て」

「うん、ウサウサ」


 ミミちゃんは、巣穴から飛び出すと、そっと扉を閉めた。

 ここは、見つかってはならない。


「まさか、ミミちゃんの第六感が働いているのかしらね? 外れて欲しいわ」


 ◇◇◇


 アキュータ国を統べる王子、サキ・デ・アキュータは、真っ黒で、恰幅がいいうさぎだ。

 城の奥で、三時のマーメイド・キャロットジュースを飲み終えた。


「ぼきゅは、父王が早く崩御なされたから、長生きするのだ」


 呼び鈴を鳴らす。


「はい。殿下、お呼びでしょうか」


 執事が来たのに、うんざりした風な顔をした。


「マーメイド・キャロジュー、お代わり!」

「畏まりました」

「あ、二杯ね」


 キャロジューは、長いグラスに入っていたが、消えた。

 あっと言う間だ。


「殿下、家庭教師の方がいらっしゃっております」

「おお、シンシアが来たか」


 美貌の白うさぎ、シンシアは、サキや女王におもねるのが巧い。

 マーメイド・キャロットジュースは、女王にも拵えているのは、皆の知る所だ。


「殿下、城外に垂れ耳族が多くいる話を午前にいたしました」


 今は、魔法学の時間だ。


「グーググーグ!」


 シンシアは、爪を綺麗に伸ばしており、それを振ると、空に湖水地方の地図が映し出された。


「僕もそのふわふわした毛皮が欲しい。この頃は、機嫌の悪い女王に謁見もままならず、寒いのだ」


 地図をどんどん一点に絞って行くと、小さなキャロット畑がオレンジ色に輝き出す。


「おい、シンシア。見てみろ、ピンクの宝石が動いているぞ」

「流石は殿下。飼ってみますか?」

「飼う? 宝石なら、毛皮に決まっている」


 小さなミミちゃんが、キャロットをバッグに入れている頃、悪い話が囁かれていた。


「では、魔法学の郊外授業と言うことで」

「毛刈り隊だ――!」


 城門を蹴る勢いで、サキとシンシア、そして配下のうさぎ二小隊で飛び出した。

 うさぎ達は、カピバラに乗っている。

 こう見えて速い。

 目指すは、北のキャロット畑だ。

 ドドドドドド……。


「遠くから音が? おかしいウサ」


 ミミちゃんは、垂れ耳を澄ますと同時に、足をダンッと鳴らした。


「マーマー! 逃げて!」


 うさぎの足鳴らしは、危険を知らせる合図でもある。


「この合図は、楽しいキャロット狩りではないわ……。第六感によれば、ミミちゃんの危機!」


 シズは、巣穴の扉も開け放して、キャロット畑を目指す。


「直ぐそこの畑なのに、どうしてミミちゃんだけで行かせたのかしら……」


 いくらシズが急いでも、欲の塊となったサキ一行が先に着いた。


「おらおらおらあ! ピンクの宝石はいないか?」

「きゃあああ!」


 バッグもキャロットもドサッと落とした。


「城へ来い!」


 細い腕を掴まれる。


「あああん。痛い! 痛いウサ!」

「こら! 暴れるでない」


 ミミちゃんは、黒く太い腕に嚙みついた。


「て! 痛いが!」

「ミーミー」


 あたたかい声がキャロット畑を掻き分けていた。


「ああ! マーマー、来ないで!」


 ミミちゃんの願いは哀しくも届かなかった。

 シンシアがカピバラに乗り、サキに近付く。

 

「殿下。ピンクの宝石がもう一つ近付いて来ます」

「よし、シンシアはそれを捕らえよ」


 再び、美貌の家庭教師は爪を振る。


「はあああ! ラビラビチューン!」

「いやあああ……」


 シズが魔法の鎖で吊り上げられてしまった。


「ツインラビラビチューン!」


 そして、サキが噛みつかれているのを見かねて、同じ鎖に纏めた。


「よし、城へ戻るぞ!」


 一瞬にして、母娘は、連れ去られてしまった。


 ◇◇◇


 その晩、城内で久方振りにサキは女王に謁見が叶った。

 サキは、女王が具合が悪いと聞き、是非にとも願ったからだ。


「私は、そなたの父を失って、心が寒いのです」


 女王の座に向かって、サキは、跪いていた。


「ならば、一緒にミミちゃん布団で暖を取らないか」

「なんですか? それは」

「シンシアが魔法で仕立てた、ピンクの宝石でできておる」


 指を鳴らすと執事に布団を持たせ、シンシアも入って来た。


「どうぞ、女王陛下」

「そなたが、この頃サキを言い包めているシンシアか。家庭教師の分際で、居ね!」


 他の執事が、シンシアの両腕を取り、下がらせる。


「どうなさいました。女王陛下、お戯れを」

「そなたの寄越す魔法の飲み物は、心の穴に効かない。暫く牢にいるがいい」


 ずるずると引き摺られる。


「ああ! お戯れを!」


 バンと謁見の間のドアが閉まり、消えた。


「女王、ぼきゅと一緒にあったかいミミちゃん布団に入ろう」

「そなたら、我の寝室に敷くがいい」


 支度ができると、サキはうきうきとして、女王を誘った。


「こう……。であるか? サキ」

「女王。ぼきゅには、ミミちゃん布団から子守唄が聞こえて来る」


 ねんねん、ねんねんねん……。


「我にも聞こえて来よう」


 ねんねん、ねんねんねん……。


「女王。いえ、母上と今宵は呼びたい」


 サキ・デ・アキュータは、あたたかさを知った。

 宝石の毛ではなく、心だと、第六感で分かった。


『ミミちゃん、さあ、お入り。寒くないですよ』


 ねんねん、ねんねんねん……。


【了】

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